「直人、そろそろ家に入ろう……」

 すずは直人の隣にしゃがみ込んで、小さな声でそう言った。直人は、幼い子供のように肩を震わせて泣いている。
 すずは優しく直人の背中をさすった。でも、すずがどれだけ背中をさすっても、今の直人の心を癒すことはできない。純でしか今の直人の心は癒せない。

「今日は純の家に泊めてもらうことにしたから。旅館には、おばさんからキャンセルの電話を入れてもらった」

 すずは直人の落ち込んだ姿を見るのは辛かった。でも、今のすずはそんな直人を支えなければならない。純はそのためにすずをここへ呼んだ。直人の事を守ってほしいと、きっと純はそう言っている。

「直人、今日だけは、おばさん達の前では少しだけ元気でいよう。みんな、私達が来てくれた事を本当に喜んでくれてるから。
 純の話をたくさんして、楽しい時間を過ごさせてあげたいって思うんだ。
 私はそうする。直人も少しだけ笑顔になれるかな?」

 直人は何も言わずに立ち上がった。橙色と紫色が混ざった高い空を見上げ、大きく深呼吸した。涙だけでも止まってほしい。
すずの言う通り、純と純の家族のために笑顔を作りたい。
 直人は、もう一度大きく深呼吸をする。重く腫れあがった瞼を手でこすり、とりあえず、すずには笑って見せた。