1stシングルとして『君ともう一度』をリリースした二人は順調に歌手としての活動を広げていた。今日は初めてのテレビ出演を控え、チャコは緊張の時間を過ごしていた。

「うー、やっぱテレビはちょっと緊張するー」

 チャコは先ほどから楽屋の中をうろうろしていた。本番にはめっぽう強いチャコだが、本番前の緊張がとても苦手だった。この待っている時間が落ち着かない。

「チャコ。大丈夫だから。落ち着いて」

 ジャンはいつでもどこでも堂々としている。彼が動じたところなど見たことがない気がする。

「うん……」

 落ち着けと言われて落ち着けるものではない。一度座ったものの、すぐに立ち上がってまたうろうろとしはじめた。

「もう、しょうがないな。チャコ、おいで?」

 ジャンに呼ばれて素直に近寄ってみれば、頬を両側から思いきり押しつぶされた。

「ジャン、何するの!」
「ははっ。かわいい」

 そのまま口付けられる。チャコはさっきまでの緊張は吹っ飛んで、別の意味でドキドキとしはじめた。

「もう……ジャンのいじわる」


 ジャンのおかげで緊張が解け、チャコはリラックスした状態で本番に臨めた。それにいざ始まってしまえば、あとは楽しい気持ちのほうが勝っていた。


「続いては、ギター&ボーカルデュオ『河川敷のハーモニー』のお二人です」

 司会に紹介され、ジャンとともに「よろしくお願いします」とお辞儀をする。二人はユニット名を『河川敷のハーモニー』とし、各自は『チャコ』と『ジャン』という名前で活動している。

「なんとお二人はご夫婦なんですよね。SNSでお二人の仲睦まじい様子がとても話題になっていますね」
「はい。反響の大きさに驚いています。応援の言葉もたくさんいただいて、夫婦共々大変励みになっています」

 ジャンはあの天使の微笑みを浮かべながら受けごたえしている。これは女性ファンが増えそうだなとチャコはちょっとだけ心配になった。

「今も微笑みあわれていて、本当に仲がよくていらっしゃいますね。さて、今日披露いただく『君ともう一度』の『君』とはジャンさんであると公言されていますが、どのような想いで作曲されたのでしょうか?」
「私たちは一時期離れていた時間がありました。そのときにもう一度彼に会えるように、もう一度彼と音楽ができるようにと願ってこの曲を作りました」

 リハーサル通りの流れで進むから、チャコも詰まることなく答えられる。

「では、チャコさんの願いが叶ったということですね」
「はい」
「本当によかったですね。今日はその『君ともう一度』をお二人のデュエットの特別バージョンでお送りいただきます。それではお二人ともスタンバイお願いします」


 二人はギターを持って指定の位置に着く。司会の合図が入ったあと、二人は視線で合図を送りあい、その曲を演奏しはじめた。微笑み、見つめあい、音を重ねる。やはり二人一緒にいれば、いつだって二人の音楽を奏でられた。この音楽が大事な人にも、今はまだ見知らぬ誰かにも届けばいいなとチャコは願った。

「『河川敷のハーモニー』のお二人でした。ありがとうございました」

 これでようやく出番が終わったと思ったチャコだが、その直後にチャコの知らない展開が待ち受けていた。

「はい、実はですね、なんとここで、チャコさんには内緒でジャンさんからのサプライズがあるということです。ジャンさん、お願いします」

 そんな話はまったく聞いていなかったのでどうしたらいいのかと戸惑う。ジャンが微笑んでくれるからそちらを見つめていれば、ジャンが驚きの内容を口にした。

「はい。今日はこれまでの感謝を込めて、チャコに歌を贈りたいと思います。チャコと離れて一人でいたときにチャコを想って書いた曲です。タイトルは『チャコ』。聴いてください」



『あどけない君が笑っている
音楽が好きだと笑っている
澄み切った君の声は 僕の心を満たして

苦しい日々の中にいても
たったその一音だけで
僕は生きられる

世界は今日も輝いている
君が笑っているから
眩しくて目を開けられないほど
君の笑顔が愛しい


清らかな君が泣いている
この曲が好きだと泣いている
穢れなき君の心は 僕の心を癒して

暗い闇の中にいても
たったその一滴だけで
僕は救われる

世界の色がにじんでいる
君が泣いているから
美しすぎて触れられないほど
君の涙が愛しい


君がいなきゃもう息の仕方もわからない
僕のそばでずっとずっと笑っていてよ


世界に希望が満ちている
君がどこかにいるから
愛があふれて気が触れそうなほど
君が恋しい 愛しい』



 本番中に泣くわけにはいかないと必死でこらえたが、それでも涙がとめどなく溢れてくる。ジャンの愛が大きすぎて溺れそうなほどだ。何とか声だけは上げないようにとずっと耐えていたが、楽屋に戻るともう我慢できなくて、チャコはジャンに抱きつき、声を上げて泣いていた。

「ひっう……ジャンっ……ジャン……ふっ……ジャン、大好き……好き、好き……ジャンっ……うっ……好きだよーっ……ジャン」
「うん。俺も好き。チャコが好き。世界で一番好き」

 ジャンのことが好きすぎて苦しい。呼吸すらままならない。そんなチャコをジャンは強く強く抱きしめてくれた。

「籍入れて、式も挙げた。でも、俺は役所でも神でもなくて、チャコに誓いたい。チャコのこと一生愛するって。好きだよ、チャコ」

 ジャンの愛は本当に計り知れない。チャコもありったけの愛をジャンに捧げたかった。

「私も。ジャンに誓う。ジャンのこと一生愛する。ずっとずっと好き。大好き」
「チャコ」
「ジャン」

 二人はどちらからともなく顔を寄せ合い、誓いのキスを交わした。