チャコは真剣な表情で鍋とにらめっこをしている。吹きこぼれないように、焦がさないようにとその様子を見張っている。

「……できた」

 煮物の鍋は火を止めて置いておき、次の調理を始めた。本当は同時調理したほうが効率いいのだろうが、今のチャコにはまだ早い。ジャンのアドバイスに従って、手順通りに一つ一つ進めていった。

 結婚挨拶の騒動があったあと、チャコはすぐにジャンの家へと越してきた。すでにジャンが暮らしていたところだから、家具・家電は揃っており、チャコは自分の身の回りのものを持ってくるだけでよかった。

 越してきてすぐは二人きりの状況にずっとドギマギしていたチャコだが、ジャンがあまりに平然と距離を詰めてくるから、いつの間にかジャンと二人でいることが当たり前になっていた。


 一緒に暮らしてわかったことだが、ジャンは本当にハイスペックだった。家事も一人ですべてこなせてしまう。チャコが何もせずとも、ジャンが一人ですべてやってしまえるわけだが、チャコはそれに甘えるのは嫌だった。ジャンもちゃんとチャコにいろいろな役割を担わせてくれる。チャコもジャンも一緒に生活を営んでいきたいと思っていたのだ。だから、どんなにチャコの手際が悪かろうとジャンは辛抱強く見守り、チャコが成長できるようにたくさんのアドバイスをくれた。

 チャコは慣れないことを同時にやるのがとにかく苦手だ。家事の中でも料理がその最たるものだ。複数品目を同時に作ろうとすると必ずどこかがおろそかになる。それで結局すべてが上手くいかなくなるのだ。

 ジャンはそんなチャコを見て、まずは一つずつ手順通りに順番にやればいいと教えてくれた。今は効率なんか気にしなくていいから、一つずつ丁寧にやってみようとそう助言してくれたのだ。チャコはその助言通り、順を追って丁寧に作業してみた。すると、驚くことに、チャコの料理の腕はぐんぐんと上達していったのだ。効率のことを考えれば、まだまだ改善の余地はあるだろうが、それでも味は文句のつけようがないレベルにまで到達していた。


「ジャーン、ご飯できたよー」
「お、今日も美味しそう。チャコ、本当に上手くなったな」
「うん! ジャンが教えてくれたから」
「チャコの努力の結果だよ。ありがとな、チャコ」

 ジャンはいつもこうやって褒めてくれる。チャコの料理も美味しいと食べてくれる。だから自然と頑張ろうと思えるのだ。慣れないことをするのは大変だが、それでも今のこの生活を嫌だと感じたことは一度もない。毎日幸せでいっぱいだ。



「よし、じゃあ、続きやろうか」

 食事の片づけを終えると二人は作曲作業を始めた。二人のデュエット曲が必要ということで、ジャンに作曲の指令が下っていた。もちろんジャン一人で作曲できてしまうわけだが、ジャンがチャコの歌があるとインスピレーションが湧くと言うので、チャコもギター片手に参加している。

「ねえ、さっき料理してるときに思いついたフレーズがあるから聴いてくれる?」

 これはチャコのあるあるだ。何かをやっているときにふと思いつくのだ。チャコは少し前に思いついたフレーズを口ずさんでみた。

「うん、いいんじゃないか? じゃあ、こういう感じにしたら……」

 ジャンはさっとアレンジを加えて、違和感のない曲の繋がりにしてくれる。チャコはこれを何度も目にしているが、毎回魔法のように感じてしまう。

「すごい……やっぱりジャンにはまだまだ追いつけないや」
「そんなことない。チャコはその素晴らしい感性を大事にしたほうがいい。適材適所だよ」

 チャコは直感タイプの人間だ。基本的に思いつくままにやっている。一方のジャンは本来の才に加え、理論もしっかり学んでいるから、バランスよく聴き心地のよい曲が出来上がる。

「うん。でも、勉強はしたい」
「ああ。あとでな」

 チャコもちゃんと学びたいとジャンからいろいろと教わっている。そんなだから、ジャンとの日々は怖いくらい充実しているのだ。成長しながら二人で同じ目標に向かって歩んでいけるのが楽しくてたまらない。毎日希望に満ちていた。


 そんなふうに二人で暮らしていき、約束の三ヶ月後、二人は安達家からも結婚の許しを得た。

 最初はあれだけ反対していた父だが、成長したチャコの姿を見て、ジャンに感謝するほどだった。チャコは自分もジャンも認められたのがわかって、本当に本当に嬉しかった。