土曜日、チャコは同じ時間帯に河川敷に来てみたが、やはりジャンの姿はなかった。

 昨日の反応からして、いないような気はしていたのだ。おそらく明日も来ないだろう。それに明日は恵と由香と三人で出かける約束をしているから、どちらにしろ来られない。

 ジャン探しは月曜に仕切り直すことにした。



「で、チャコはこの前何を急いでたの?」

 日曜日、チャコと恵と由香は大型ショッピングモールでぶらぶらとショッピング、いやウィンドウショッピングを楽しんだあと、同施設内のレストランで昼食を取っていた。そこで恵が先ほどの質問を投げたのだ。学校の話をしていたはずなのに、突然話が変わったので一瞬チャコは何のことだかわからなかったが、ワンテンポ遅れて質問の意味を理解すると、チャコはちゃんとした説明もなしにそのままを答えた。

「あー、あれね。ちょっと天使を探してた」
「「……」」

 恵と由香から痛い視線が送られてくる。

「頭打った? それともなんかヤバい宗教にでも入った?」
「何言ってるの恵……」
「いや、何言ってるのはこっちの台詞なんだけど……」
「チャコ、たぶん言葉足らずだと思う。天使ってなんのこと? 本当に天使がいると思って探してるの?」

 由香に諭されて、天使が何か伝わっていないのだとチャコは理解した。

「あ、天使だけど天使じゃないよ」
「うん、つまり?」

 由香は優しく促してくれる。

「天使みたいな美少年がいたの! 天使の微笑みがヤバくてね、もう死んじゃうかと思った」
「そういうこと。由香のおかげでようやくわかったわ、ありがとう」
「どういたしまして。チャコ、それでその天使さんには会えたの?」

 由香からのその質問にチャコは興奮して答えた。

「うん! 金曜にね、会えたよ! でもさー、名前聞いても教えてくれないんだよ。いついるのって聞いてもそれも答えてくれないし。だからいつ会えるかわからないんだよ……」

 チャコはそう述べるとしゅんと項垂れた。

「それはアウトじゃない? 子供にそんなに詰めよったらダメでしょ。下手すりゃ警察沙汰じゃん……」
「へ? いや、子供って、同い年くらいならよくない? まあ、ちょい下かもだけど」

 チャコのその言葉に、恵と由香は驚き、顔を見合わせている。

「え、小学生じゃないの?」
「私も小学生をイメージしてた」

 チャコが天使みたいな美少年としか言わなかったから、年齢のイメージに大きな食い違いが生じていたのだ。

「さすがに小学生じゃないよ。私より背高かったもん」
「なんだ、びっくりしたー。ん? でも、それってつまり同い年くらいの男に詰めよったってことじゃん……それ、ウザがられてるんじゃない?」
「えっ!?」

 恵の言葉にチャコはショックを受けた。本当にウザがられていたら悲しい。だが思い返してみても、ジャンはそんな素振りは見せていなかったように思う。

「……でも隣でずっと聴いてても何も言わないよ?」
「え、ずっとって、そんな質問攻めにしてるの? それはウザいでしょ……」
「質問はそんなにしてないよ!」
「じゃあ、何聞いてるのさ」

 二人の会話は全く噛みあっていない。チャコが肝心なところをすっ飛ばして話すからこういう誤解がたびたび生まれるのだ。

「何ってギターだよ」
「どこからギター出てきた……」
「え、さっき言わなかったっけ?」
「言ってないわ……」

 しばしの沈黙が流れる。

「チャコは天使さんのギターを聴きにいってるってこと?」

 由香が実に簡潔にまとめてくれた。

「そう! もうね、めちゃくちゃきれいなんだよ。あんなギターの音初めて聞いた! 毎日でも聴いてたいもん」
「へー。そんなにすごいのなら私も聴いてみたい」
「……え」

 由香がジャンの演奏を聴くところを想像して、チャコはなぜだか面白くないと思ってしまった。あの素晴らしい演奏を友達に聴いてほしい気持ちも確かにあるのに、なんだかモヤモヤとした気持ちにもなる。それが表に現れて、チャコは眉間に皺を寄せて渋い顔をしていた。

「すごい顔になってるけど……そりゃあ、そんだけ自慢されたら聴いてみたいでしょう。私も聴いてみたいよ。てか、その天使の顔が見てみたい」
「えぇ……」

 恵にそう言われるとますます面白くない。

「だから顔よ……」

 恵に眉間を指でグイっと押された。

「チャコは天使さんのこと独り占めしたいって感じかな?」
「独り占め……あー、なるほど! そうか」

 由香の言葉が実にしっくりときた。チャコはジャンのことを独り占めしたかったらしい。確かにあれを他の人に見せてしまうのはなんだかもったいない気がする。チャコが一人納得していれば、恵と由香は顔を寄せあい何やら話しはじめた。

「ね、由香、これは超強力なライバルが現れたんじゃない?」
「そうだね。山下くんが不憫」
「不憫言うのはやめたげよう? そもそも天使に相手にされなきゃ始まらないんだし」
「それもそうだね」
「ねー、何こそこそ話してるの?」

 チャコを差し置いて、恵と由香が小声で話をするものだから、チャコは面白くなくてすぐさま突っ込んだ。

「何でもないよ。その天使どんな人かなって言っただけ」
「どんな人……天使で……神?」
「全然わからん……」

 恵は呆れたという顔をしている。

「チャコはまた天使さんに会いに行くんでしょ?」
「うん。でもいついるかわからないから、しばらくは毎日行ってみようと思って。だからね、来週は先に帰るね。ごめん」
「ま、理由はわかったしいいよ」

 恵はやれやれという表情をしていたが、それでも納得してくれたようだ。

「ありがとう、恵!」
「その天使に会えたらいいね」
「うん!」
「でも、嫌がられたら諦めなよ?」
「わかってるよ……ただ演奏聴きたいだけだもん……」

 チャコだってジャンを困らせたくはない。拒絶されたならば大人しく撤退する気だ。

「まあ、ほどほどにね。あれ、もしかして今日も行くつもり?」
「ううん。たぶん、土日はいないと思う」
「そうなの?」
「うん。昨日いなかったし、それに土日にいるか聞いたら微妙な顔してたから」

 ジャンは少し困った顔をしていたから、そうなのではないかとチャコは思っていた。

「野生の感か。てか、昨日ってまさか一日ずっと探してたの?」
「さすがにそんなことしてないよ……いつもいる時間に行っただけだよ」
「そう。なら、まあいいか。で、その天使はどこにいるの?」
「か……秘密!」

 危うく正直に答えてしまうところだった。チャコはキッと恵を睨んでみせた。

「ちっ!」

 恵はわざとらしく舌打ちをしている。

「今、絶対わざと言わせようとしたー!」
「もうちょっとだったのに。よし、由香も協力して。一緒に口を割らせよう!」
「え、だめ! だめだめ!」
「あはは。どうしようかなー」

 二人は本気で口を割らせるつもりなどなかったが、わざとからかうようにして楽しんでいた。チャコもそれはわかっている。三人はよくわからない寸劇を繰り広げ、楽しく笑いあってそのあとの時間を過ごした。