繋いだ手は駐車場についても離れなかった。山さんの前でも繋がれたままのそれに、さすがにチャコはいたたまれない気持ちになった。山さんがそれに気づいても何も言わないでいてくれることだけが救いだ。結局、山さんの車に乗っている間もジャンはチャコの手を握ったままで、チャコは恥ずかしさのあまり、行きの車内とは打って変わって、帰りの車内では一言も話さなかった。

 『Joy』に到着して車を降りるとき、ようやく二人の手が離れた。チャコはそのことにほっと息をつき、落ち着きを取り戻してから『Joy』の中へと入っていった。店内には、しげさんが用意してくれた料理や飲み物がたくさん並んでいる。どれもこれもおいしそうだ。

「よし。それじゃあ、今日は皆ありがとう。お疲れさまでした。乾杯!」
「「乾杯!」」

 チャコはオレンジジュース、ジャンはジンジャーエール、他の皆はチャコの知らないお酒を持って乾杯をした。

「いやー、しかし、本当にいいステージだったな。若者と一緒だと張り合いが出ていいもんだな」
「本当にいい刺激になりました」

 しげさんと山さんが語らいはじめた。二人ともとても楽しげな表情をしている。

「チャコちゃんとぼうずはどうだった?」

 しげさんに問われて、チャコはあのステージで感じたことをそのまま言葉にした。

「夢みたいでした。音に身体がびりびりして痺れてるみたいで。でもそれが気持ちよくて。自分たちの音が周りに届いていくのも楽しくて。終わってしまうのが寂しいって思いました。すごくすごく楽しかったです!」
「そうか。楽しんでくれてよかった。またいつか一緒にやろうな!」

 しげさんのその言葉が嬉しくて、チャコは元気よく「はい!」と返事をした。

「ぼうずはどうだった?」

 ジャンはしげさんに真っ直ぐ目を向けると、何も言わずに深く頭を下げた。

「ははっ。それは礼か? ま、礼の言うのはこっちだよ。チャコちゃんもぼうずもありがとな」

 チャコもジャンもしげさんにワシワシと頭を撫でられた。それがおかしくてチャコは声を上げて思いきり笑い、ジャンは少し煩わしそうにしながらも少しだけその顔に笑みを浮かべていた。


 食べて飲んで語らって時折奏でて、音楽好きな仲間と過ごす時間はとても楽しい。ここに連れてきてくれたジャンに、そして仲間に入れてくれたしげさんたちに、チャコは深く感謝した。

「よし! チャコちゃん、ぼうず。今からあれ弾いてやるから踊れ! めいっぱい楽しめ!」

 日が暮れ始めるころ、しげさんに踊れと促された。他のメンバーも楽器を構えている。チャコはすぐに立ち上がると、あのときとは反対にジャンの手を取り、立ち上がらせる。ジャンに手を重ね、もう片方を肩に置けば、ジャンも手を腰に回してくれる。あのときと同じメロディーが流れはじめて、チャコはジャンと一緒になってくるくると回った。

「ジャン! やっぱり楽しいね!」

 ジャンも楽しいと言わんばかりの表情だ。同じ気持ちでいるのがわかってとても嬉しい。あー、この時間がもっと続けばいいのにとチャコは思った。

 演奏が終わり、しげさんたちが拍手を送ってくれる。チャコも感謝の気持ちを込めて拍手を送ろうと思ったのだが、ジャンにグッと腰を引き寄せられて阻まれてしまった。ジャンは腰に添えた手はそのままに、反対の手でチャコの唇に触れてくる。そしてゆっくりとそこを撫でられた。片手が腰に回ったままだから、二人の距離はとても近い。人前でのその過度な接触にチャコはもう気を失ってしまいそうだった。

「あ、こらっ! 軽々しく触れるもんじゃない。まったく油断も隙もないな」

 しげさんの制止でようやくその手が離れ、チャコはほっと息をついた。ジャンは不満そうな顔をしているが、今は構っていられない。チャコはもう顔が熱くてしかたない。その熱を冷まそうと自分の席に戻り、残っていたジュースを一気に飲み干した。けれどジュースが甘ったるいせいかまったく熱がひいていかない。空のグラスを持ったまま戸惑うチャコに山さんが冷たい水を渡してくれた。それを口にすれば、ようやく気持ちが落ち着いてくる。山さんに礼を言えば、「いいえ」と言って優しく微笑んでくれた。ジャンのほうをちらっと見てみれば、まだしげさんに叱られていた。



 日が完全に暮れて、チャコとジャンは一足先に店を出た。今日も一緒に河川敷まで歩く。店に止めていたチャコの自転車をジャンが押し、チャコはその隣を歩く。心なしか二人のその距離はいつもより近くなっていた。

 河川敷に到着すると、ジャンはそこに自転車を止めてチャコに渡してくれる。

「ありがとう、ジャン。今日楽しかったね」

 同意を求めるようにジャンを窺えば、いつものように微笑みを浮かべて頭を撫でてくれた。

「なんでだろう。こういうときって、なんか淋しくなるね……」

 なんだか離れがたくて、そうこぼせば、ジャンにそっと手を握られた。さらに反対の手が唇に触れてくる。そして、またゆっくりと撫でられた。先ほどしげさんに叱られたことなどジャンは気にしていないようだ。

 ジャンはずっと優しい微笑みを浮かべている。やっぱり触れられると恥ずかしい気持ちはあるけれど、チャコは自分が大切なものになったような気がして、ジャンの感触を素直に受け入れていた。目を閉じればその温度までよくわかって、ジャンをとても近くに感じられる。そっと離れていくそれに合わせて、チャコもそっと目を開けば、そこにはまだ愛しい微笑みが存在していた。


 チャコの心に灯った温かくて切ない気持ちはもう自覚できるほどにその形をあらわにしていた。