未来の死神、過去に哭く

「事情は先生から?」

 天音は俯きながらそう言った。

「ああ。天音が俺のことで、クラスで孤立してきているって」

 俺は正直に話す。
 重苦しい空気が病室に蔓延する。

「そっか……。清水先生って普段は何も言わないけど、見てるところは見てるよね」

 天音は気まずそうな顔で窓の外を見る。
 すっかり日が暮れて夜の時間。
 電気もつけていないから、部屋を照らすのは月明かりぐらいのもの。

 ちょっとの沈黙。
 
「真希人が死ぬ理由は、さっき言ってた世界の呪い? このまま孤独のままだとどんどん衰弱していって、死神が遣わされる」

 沈黙を破ったのは確認だった。
 俺の死因の確認。

「そうなるな。そしてそれは……」

「私の死因でもあるのね」

 天音が言葉を引き継ぐ。
 彼女も自分が弱っていて、俺と同じ状態だと思っていたのだ。

 本当に今のままだと、二人で孤独死という訳の分からない状態になってしまう。
 何とかしなければならないが、どうしていいのか分からない。
 頭では分かっている。
 孤独にならないようにすればいい。

 正解は分かっているが手段が見つからない状態というわけだ。

「そして俺の親父の死因でもある」

 俺はこの流れで、ついでに話しておくことにした。
 実は清水先生と親父は親交があって、親父の最後の時に一緒にいたこと。
 親父がまるで誰かに伝えようとしているかのように、死神や世界の呪いについて説明していたこと。
 そして俺はそれをさっき初めて聞いたこと。

 あの時の清水先生の目は本気だった。
 本気で何かを変えようとしている人の目だった。
 学校は任せろと言っていたけれど、一体どうするつもりなのだろうか?
 
 当事者なのであまり偉そうにするのも違うのだが、俺たち二人と他の生徒たちの関係は修復不可能なほどに壊れていた。
 溝なんていう生半可なものではない。
 特に吹奏楽部の連中とは絶交という段階にまで来ている。
 それに俺にはもう彼らの声は聞こえないのだから。

「そう。やっぱり天才って薄命なのかな?」

 天音はさらっと口にする。
 特に深い意味はなさそうな、何となくの疑問なのだろう。

「どうだかな? 長生きしている天才もいるからなんとも……結局のところ周りの理解があるかどうかじゃないのか? それに……」

「それに?」

「自分と周囲の違いを理解をしようという姿勢とか?」

 俺はそれを口にして自分で笑い出した。
 釣られて天音も笑い出す。
 
 俺の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
 いま一番俺に欠けているもの。
 足りないもの。
 ある意味、俺にとっての死因となる思考。
 生きるために必要な要素だった。

「まさかあの真希人からそんな言葉を聞くなんてね」

 天音はしみじみと語る。
 ずっとそばにいた天音なら、よりいっそうそう思うのかも知れない。
 俺の半生を共にした彼女だからこそ、俺の欠点には当然気がついている。
 
「そうなると私もちゃんとしないとな……。真希人が生き延びてくれるなら、私は死神になんてなっている場合じゃないもんね」

 その通りだ。
 影に囚われた死神の最後の願いは、俺と天音が無事に生き延びる未来を掴むこと。
 だけどどうなるのだろう?
 もしも天音が俺と共に生きる未来があったとしたら、そもそも死神は来ていないわけで、その場合は時間の流れが変わるのだろうか?

「天音はどう思う? もしも天音という死神が来なかった場合の未来。音楽の才能を奪われなかった世界。死神はそっちの世界で俺が死ぬから、未来を変えるために来たと言っていたけれど、もしも死神がきたことで未来が変わって、天音が死神にならなかったら、その未来はどうなるんだろう?」

 自分で話しながら頭が混乱してきた。
 一体どうなるのか?
 死神が言っていたのをまとめると、Aルートでは普通に死神がやって来て命を刈られて終わり。
 Bルートだと死神がそれを嫌がって過去にタイムトラベルをして、未来を変える。
 今のところBのルートの真っ最中な訳だが、このまま上手くいったとしても、Bルートの始まりとなった死神がいなくなる。
 そうなった場合、時間の流れはどうなるのだろうか?
 いま俺たちが歩むルートはどこになる?

「難しいこと言い出すね……」

 天音はそのまま考え出す。
 天真爛漫な彼女だが、意外と何かを考えるのは好きなタイプではある。

 そのまま考え込んでいる様子だったので、俺は立ち上がる。

「どこ行くの?」

「ちょっと自販機」

 不安そうに尋ねる天音は、俺の返事を聞いてホッとしたのか、軽く手を振って再び思考の海に沈んでいった。

 そういうところが不安なんだけどな。

 俺は心の中でそう呟き、病室を後にした。



 病室を抜け出した俺は自販機でカフェオレを二つ買う。
 買ってから気づく。
 流石に人の気配が無さすぎる。

 当然ながら就寝時間などではなく、廊下の電気もしっかりと点いているのだが人の声はもちろんのこと、足音も物音もしない。
 まるで無人のようだ。

 無人の病院など怖すぎるので止めて欲しいのだが、どうにもおかしい。
 どこかの異空間に飛びこんでしまったような感覚。
 それこそ夢の中のような錯覚に陥る。

「ここは病院であっているんだよな?」

 廊下で呟くと俺の声がどこまでも木霊する。
 寒気がする。
 どう考えても普通じゃない。
 何かおかしなことが、それも超常的なことが起こっている。

 足がすくむ。
 だけどここで固まっている場合ではない。
 ここには天音がいるのだから!

「天音!」

 俺は何故か軽やかに動く足で病室に向かって走りだした。