「では、事故でなく故意の可能性もある、と」
「男たちが馬になにか悪さをしたのであれば、じゃな……まあ、続きは帰宅なさったあとでよろしかろう」

 蜜豆は姿勢を正して、帰る準備をし始める。それを響が止めた。

「待て。俺も帰る」
「は? いや、明日帰宅なさるのであれば、急ぐこともありますまい? それに、今消えては蘇芳が面食らうのでは……」
「構わん。置手紙をしておく」
「……よいでしょう。では鬼神化を」

 響は頷くと、先に蘇芳への手紙を認めた。そして、意識を集中する。現身から鬼神に変化するためだ。そうしなければ、蜜豆の神速で移動は出来ない。鬼神化とは、人の世に降りる前の真の姿。蜜豆や白玉が真の姿を持っているように、鬼神響にも人とは違う姿があったのだ。

「よし。では行くぞ」
「畏まりました」

 蜜豆の背に響が触れる。すると、一瞬で彼らの姿は消えた。神速は光の中を、矢の如く飛ぶ感覚である。景色もなにもなく、ただ、眩しい光の中を辿り、目的地へと向かうのだ。
 瞬く間に、響と蜜豆は多聞の屋敷に着いた。だが、着いた場所が思いがけないところで、響は一瞬言葉を失った。そこは由乃の部屋で、今まさに、彼女が寝台に腰掛け横になろうとしていたところだったのだ。

「え……」

 突如光の中から現れたふたりに、由乃が目を丸くする。普段通りの元気そうな表情に、改めて響は安堵した。しかし、包帯が巻かれた痛々しい足首を見て……なぜか抑えようのない怒りが込み上げた。この程度で済んではいるが、まかり間違えば命を失っていたかもしれない。暴走馬車が事故でなく事件であれば、絶対に首謀者を許さないと、響は強く決意した。