本郷郡にある蜷川建設会社の社長室で、元治は嬉しさを隠せずにいた。長い間、待ちに待った日が今日やって来る。蜷川本家を手に入れ、会社をも手に入れた彼が、次に起こした行動は「多聞家」への働きかけだ。
 「多聞家」には当世の鬼神の転生体である多聞(きょう)がいる。多聞財閥の長男で、陸軍憲兵隊の中佐を務める男だ。年は二十歳で、娘の華絵が十八歳。元治は華絵を鬼神に嫁がせようと画策していた。本家の娘ならば、鬼神に望まれれば花嫁になることが出来る。花嫁になれば、蜷川家は安泰、多聞財閥からの援助もあり、よいこと尽くめ。政財界にも伝手が出来て、商売も今よりもっと軌道に乗るだろう。兄、徳佐の甘過ぎる経営では為し得なかった増収が見込めるはず、と考えていた。蜷川本家を継いだ元治の娘ならば、資格は十分。しかし、会う機会がなければそれも無理な話だった。
 だから元治は、多聞家と軍部の響宛てに手紙を送り、せっせと娘を売り込んだのだ。それが功を奏したのか、今夜、帝都から多聞響が来ることになったのである。
 元治は娘の華絵の容姿に自信があった。華絵は名前の通り華やかで、元治に似て思い切りがよく、賢く明るい。いくら鬼神であろうとも転生体は男。それを釘付けにすることなど容易い、と信じていた。顔合わせをしたならば、きっと華絵は鬼神の花嫁になるだろう、と。

「佐伯、手筈は済んでいるな?」
「はい、社長。多聞中佐の列車到着の時刻には、迎えの馬車を手配しております。それから本家にお迎えしまして顔合わせをいたします。料理は一流料亭『みずのや』のお膳を手配しておりますのでご安心を」