「ありがとう。そんな風に言われたの、初めてよ。由乃さんって不思議な人ね。清楚で奥ゆかしく見えるけれど、実はきちんと自分の意見を言える真の強さも持っていて……まるで空に向かって咲く一輪の花のよう」
「とんでもない! 成子様のほうが花のようです。たとえるなら真っ赤な牡丹。上品で華やかで花の中の女王様のようです!」

 箸を持ったまま、一瞬ふたりは真顔になる。それからどちらともなく声を出して笑った。

「ふふふっ。これじゃあ埒があかないわね。では、お互いに花だということで、この話はお終いにしましょう」
「はい。わかりました」

 楽しい時間を過ごした由乃と成子は、腹八分目で蕎麦屋を出た。そのあと、甘いものが食べたいという成子の提案に乗り、甘味処を探して通りを歩き始める。小路を抜け、大通りに出ると通りの向こうに和菓子屋の暖簾が見えた。

「見て、由乃さん! たくさん人が並んでいるわ。きっと美味しいのよ。行きましょう!」

 成子は由乃の手を引いて、大通りを横断し始めた。
(そんなに甘いものが好きなのかしら? では、今度ケーキを焼いて差し上げよう。きっと喜んでもらえるに違いないわ)
 幸せな想像をしていると、どこかから金切り声があがる。驚いて立ち止まった由乃と成子は、自分たちに迫る馬車に気が付いた。馬車には御者がなく、馬が制御を失って暴走している。蜘蛛の子を散らすように逃げまどう人々に押され、ふたりは身動きがとれなくなっていた。

「成子様っ! 早くこちらへ!」

 由乃は呆然としている成子の腕を必死で引っ張る。咄嗟のことに動けないのはよくあることだが、今動かないと最悪、命を落とす。