その後、店主の案内のもと、山のような反物を見て回った。
気に入った反物があった成子は、ほくほくで購入し、仕立てて届けてもらう約束をすると、ふたりは呉服店をあとにした。
時刻はちょうどお昼時。お腹もそこそこ空く時間である。どこかで食事をしようという話が出るのも必然だった。
成子から「行きたい店がある」と告げられ、歩いてついて行くと、そこには小さな蕎麦屋があった。暖簾を潜ると中には四人掛けの食台がふたつ、二人掛けの食台がひとつあり、こぢんまりとしている。外装も内装も歴史を感じるくらいの佇まいで、どこか懐かしさを感じさせた
成子は素早く空いていた二人掛けの席を確保すると由乃を手招きした。
「お腹空いたわね。由乃さんはどれになさる? 御蕎麦は嫌いじゃない……わよね?」
「大好きです。でも、正直驚きました」
「え? なにに驚いたの?」
「……成子様が御蕎麦を食べる姿が想像出来なくて」
上品で美しい成子が、庶民的な店で蕎麦を啜る。それが由乃の脳内で結びつかなかったのだ。
「ふふ。啜るわよ、豪快にね。だってそのほうが美味しいじゃない」
「そうですね! その気持ち、わかります」
変なところで意気投合したふたりは、仲良く鴨南蛮蕎麦を注文し、食事しながら会話に花を咲かせた。
「そういえば、由乃さんってどこの出身なの? 苗字は?」
「ご存じかどうかはわかりませんが、生まれたのはF県の本郷という場所です。苗字は……蜷川です」
「F県……蜷川……? その辺りに輔翼の家があったと記憶しているけれど」
「はい。輔翼の蜷川家です。でも本家……ではありません。本家で使用人として働いておりました」
働いて……という言葉が正解かどうかはわからない。由乃は給金など貰っていなかったのだから。朝から晩まで華絵に怒鳴られた上こき使われ、使用人というよりは奴隷だったのだと、今更ながら思う。
気に入った反物があった成子は、ほくほくで購入し、仕立てて届けてもらう約束をすると、ふたりは呉服店をあとにした。
時刻はちょうどお昼時。お腹もそこそこ空く時間である。どこかで食事をしようという話が出るのも必然だった。
成子から「行きたい店がある」と告げられ、歩いてついて行くと、そこには小さな蕎麦屋があった。暖簾を潜ると中には四人掛けの食台がふたつ、二人掛けの食台がひとつあり、こぢんまりとしている。外装も内装も歴史を感じるくらいの佇まいで、どこか懐かしさを感じさせた
成子は素早く空いていた二人掛けの席を確保すると由乃を手招きした。
「お腹空いたわね。由乃さんはどれになさる? 御蕎麦は嫌いじゃない……わよね?」
「大好きです。でも、正直驚きました」
「え? なにに驚いたの?」
「……成子様が御蕎麦を食べる姿が想像出来なくて」
上品で美しい成子が、庶民的な店で蕎麦を啜る。それが由乃の脳内で結びつかなかったのだ。
「ふふ。啜るわよ、豪快にね。だってそのほうが美味しいじゃない」
「そうですね! その気持ち、わかります」
変なところで意気投合したふたりは、仲良く鴨南蛮蕎麦を注文し、食事しながら会話に花を咲かせた。
「そういえば、由乃さんってどこの出身なの? 苗字は?」
「ご存じかどうかはわかりませんが、生まれたのはF県の本郷という場所です。苗字は……蜷川です」
「F県……蜷川……? その辺りに輔翼の家があったと記憶しているけれど」
「はい。輔翼の蜷川家です。でも本家……ではありません。本家で使用人として働いておりました」
働いて……という言葉が正解かどうかはわからない。由乃は給金など貰っていなかったのだから。朝から晩まで華絵に怒鳴られた上こき使われ、使用人というよりは奴隷だったのだと、今更ながら思う。