翌日、手配した馬車に乗り込み、成子と由乃は帝都へと向かった。
 立派なお屋敷が並ぶ住宅街を抜けると、やがて辺りが騒々しくなってきた。往来の人の数が増え、馬車が行き交い、活気に満ち溢れている。上野の駅周辺も賑わっていたが、今日観光に来た場所にはいろんな業種の人が働き、暮らしているようだった。

「賑やかねぇ」

 呉服屋の近くで馬車から降りると成子が言った。呉服屋がある商店街では、人通りが多いため馬車は禁止されている。歩くか、人力車に乗り換えるしかない。由乃と成子は雰囲気を楽しみながら歩いて行くことにした。

「人に酔いそうですね。成子様、大丈夫ですか?」
「わたしは平気よ。由乃さんこそ大丈夫? 色白で今にも倒れそうなほど細いわよね」
「そ、そうでしょうか。案外、丈夫なんですよ、私」

 初めて会う人は、由乃の体の細さに注目する。しかし、当の本人はいたって健康で、運動も得意。実は見た目の儚さと真逆なのであった。

「ふうん。なら、いいけれど。あ、見えてきたわ! そこの呉服屋よ」

 成子の指差す先には、古く立派な店構えの商店がある。看板には「杉之内呉服店」と書かれていた。ふたりは藍染の暖簾を潜る。すると、成子の顔を見て、店主と思しき老人が駈け寄ってきた。

「これはこれは、成子様。わざわざ店舗のほうにお越しとは! 連絡を下さればこちらから出向きましたものを」
「おはよう。杉之内さん。いきなりごめんなさい、帝都に来る用事があったのよ。だから店舗でいろいろな生地を見てみたいと思って。いいかしら?」
「ええ。もちろんでございます。で、一緒の方は、園山家の使用人の方でしょうか?」

 店主は由乃を一瞥した。するとすかさず成子が答える。

「多聞家で働いている由乃さん。今日は一緒にお出掛けなの。ね?」
「はい。思いがけず誘っていただきまして」
「おやおや、そうでございますか。楽しそうでなによりですな。では、反物を見て回りますか?昨日新しく入荷したものもございますよ」
「まあ! ぜひ! いいのがあれば即決するわよ」

 成子は目を輝かせて微笑んだ。