「ええと……由乃さんは、使用人なの?」
「はい。あっ! それで驚かれたのですね。翡翠会館で響様は私のことを『多聞家で預かっている娘』としか紹介しませんでしたものね」
「嘘……てっきり響様の恋人だと思っていたのに」
「恋人……は? こ、恋人?」

 由乃から、未だかつて聞いたことのない甲高い声が出た。「恋人だと思った」という成子の言葉が意外過ぎたのだ。

「そう、恋人。だってあんなに……まあ、いいわ。恋人じゃなく使用人なら、わたしの恋敵にはなり得ないもの」
「は、はあ……」
「部屋に案内してくれてありがとう。あとは勝手にしているわ」

 にっこり微笑みながら、成子はひらひらと手を振る。由乃は頭の中に疑問符をたくさん浮かべながら、部屋をあとにした。
 仕事に戻りながらも、由乃は成子の言葉が忘れられないでいた。
(響様の恋人……そう見えたってこと? どの辺りがそう見えたのかしら。絶対にありえないのに)
 徹底的に否定しているのに「恋人」という言葉は頭の中をグルグル回る。どうしてこんなに動揺してしまうのか……生まれて初めての感情に上手く対応出来ない由乃は、仕事に集中することでなんとか気を紛らわせた。