「こんにちは、園山様。私、翡翠会館で一度お会いしたのですが……」
「あっ! そう! そうだったわね。ええと……名前を聞いていたかしら?」

 成子は首を捻った。あの日、増長には名乗ったが、後ろにいた成子には聞こえていなかったのかもしれない。

「由乃、と申します」
「由乃さん、ね。よろしく。それで、中には入れてもらえるのかしら? 荷物も多いし、疲れてしまったわ」
「え? 荷物?」

 そう言うと成子は後ろ手に隠していたボストンバッグを見せた。上品な着物に不似合いなボストンバッグは、大きく膨らんでいる。軽く二、三泊出来る衣類が入っているのか、ずっしりと重いようだ。

「園山様、まさかお泊りの予定なのでしょうか?」
「そうよ。顰め面の家令さん。わたし、かなり頑固な性質なの。響様とじっくり腰を据えて話し合い、どうしてわたしをお嫁様にしてくれないのか、その理由に納得がいくまでは帰らないつもりです!」
「し、しかし、響様がそれを許すかどうか……」
「わたしは話がしたいと言っているだけですよ。それを断るほど、北を守護する鬼神様は狭量なのでしょうか?」
「そ、そんなことは……」

 厳島は成子にたじたじだ。しっかり者で気が強い成子は、一見して冷ややかな厳島にも怯まない。そんなところに由乃は好感を持った。華やかな雰囲気は華絵に似ていると思ったが、成子は堂々としていて行動に一貫性があり嘘がない。彼女の心意気は、由乃に母、美幸を彷彿とさせていた。