(あら、どなたかしら? こんな朝早くに……)
 柱時計を確認すると、まだ朝の九時過ぎ。人が尋ねて来るには早い時間である。由乃が急いで玄関に向かうと、先に来ていた厳島が扉を開けていた。

「どちら様でしょう?」

 少し緊張した声が、三歩後ろにいた由乃に届く。来客の姿は厳島の影になって見えない。しかし、来客が話し始めた途端、それが誰なのか判明した。

「おはようございます。わたし、園山成子と申します」
(成子様? 翡翠会館の晩餐会にいらしたあの美しい方?)
 張りがあり自信に溢れた声は、まさしくあの成子のものだ。驚く由乃をよそに、ふたりの会話は続く。

「園山様……ああ、もしや輔翼の家の方ですか?」
「ええ」
「そうでございますか、失礼いたしました。それで、本日はどういったご用件でしょう?」
「実は先日、翡翠会館で響様にお会いした時ね、けんもほろろに振られてしまったの。でも、どうしても納得いかなくて。それで押しかけてきた、ってわけなの」

 あけすけに言う成子に、厳島は呆気に取られているようだ。翡翠会館での出来事を、彼は知らない。だから、突然やって来た園山家令嬢の言葉がいまいち理解出来なかったのだ。しかし、由乃は経緯を知っている。話の見えない厳島より、自分が対応したほうがいいのではないか。そう考えた由乃は、ゆっくり玄関に近付き顔を覗かせた。

「あら、あなたは……」

 成子は由乃をじっと見つめた。翡翠会館で見た成子は、華やかな真紅のドレスを纏っていたが、多聞家の玄関に立つ彼女は、紫紺地に桜を散りばめた上品な着物である。印象の違いはあるものの、その美しさは変わらない。