成子は納得していない表情で答えた。挨拶をしただけで帰るなんて考えてもみなかったのだろう。響は四人の鬼神の中でも最も位が高い。そのため、増長も響に強くは言えなかったのだ。
 ちらちらと後ろを振り返りながら、成子は増長と去って行った。
 彼らがいなくなると、他の来客も各々歓談に戻り、響や由乃へ向く視線も消えた。

「はあ……あいつは人間に馴染み過ぎだな。嫁の実家の者を薦めてくるなんて、尻にしかれているのだろうか?」

 ため息を吐きながら、響が言う。ひとりごとのようなその言葉に由乃は答えた。

「奥様を大切に思っているから、ではないでしょうか?」
「……どういうことだ?」
「仮に成子様と響様の婚姻が纏まれば、園山家は更に繁栄するでしょう。実家が繁栄すれば、大臣の奥様は喜ぶと思います。おそらく大臣は、奥様に喜んでもらいたかったのではないかと。もちろん、成子様の気持ちもあってのことでしょうが……あ、ちなみに、これは全て私の推測でございます」
「喜んでもらいたい……」

 響はそう呟いて黙り込んだ。今彼の脳内には、翡翠会館を見上げ、目を輝かせる由乃が浮かんでいる。
(……俺は由乃が翡翠会館に興味があるだろうと思い、晩餐会に連れてきた。奏の件や、美味しい食事の礼も兼ねてだったのだが、一番の理由は……喜ばせたかったからだ。つまり俺は、由乃のことを大切に思って……?)