「よし。では決まりだな。厳島、招待状の返信と馬車の手配を頼む。鳴姉さんは由乃の身の回りの準備をしてくれ」
「畏まりました」
「ええ。任せて下さい」

 満面の笑みで答える厳島と鳴。すると今度は羨ましそうに奏が言った。

「僕は残念ながらお留守番ですね。翡翠会館を見てみたかったけど、十三歳じゃ入れないからなあ」
「十六歳以下は規則で禁止されているからな。その代わり、今度演劇場に連れて行ってやろう。蘇芳が言っていたが、帝都に有名な一座が来ていて大層人気らしい」
「わあ、本当ですか? 楽しみにしていますね! あ、そろそろ用意しなくては。では僕は先に失礼します」
「ああ、気を付けてな」

 響の言葉を背に、奏は小走りで食堂をあとにした。少し前から、奏は国立の中等教育学校に通っている。三年間の空白期間を取り戻すべく、日夜勉学に励んでいるのだ。もともと頭がよく朗らかな奏は、すぐに学校に馴染み、友だちもたくさん出来たようで毎日楽しそうだ。

「由乃」

 目を細め、奏の背中を見送っていると、不意に響が声を掛けてきた。

「え? あ、はい。なにか?」
「この糠漬けはとても旨い。皆が夢中になるのがよくわかる」
「ありがとうございます! 私、これだけは得意なので、お気に召していただけてよかったです」
「いや、糠漬けだけじゃなく料理も素晴らしいぞ。食事時が楽しみになるほどにな。しかし、昼餉が食べられないのが残念ではある……」

 響は、本当に悔しそうに首を振った。こんなに自分の食事を楽しみにしてくれているのだと、由乃は嬉しくなった。だからなのか、普段はしない提案をしてしまったのだ。

「響様、お弁当をお作りしましょうか?」
「弁当……その手があったか! それなら昼も由乃の料理を堪能出来るな。頼んでもいいか?」
「はいっ! ではすぐに用意しますので、少しだけお待ちいただけますか?」
「ああ、待つよ」

 優しく微笑む響に頷き返し、由乃は急ぎ足で厨房へ向かう。時間がないので凝ったものは作れないけれど、丁寧に心を込めて作りたい。料理を褒めてくれた響に、もっともっと美味しいものを食べてもらいたい、とそう思っていた。