次の日、朝の食事時。
 食堂に揃った響たちに配膳をしていた由乃は、驚くべき誘いを受けた。

「晩餐会に? 私が?」
「そうだ。翡翠会館という美しい洋館があるのだが、一緒に行かないか?」
「い、いえ、でも……そこは偉い方々が集い、政治や経済の話をする場所でしょう? 私は使用人ですし、行ったところでなにをすればよいのやら……場違いかと存じます」

 田舎者の由乃でも、帝都に建てられた翡翠会館の存在は知っていた。当時新聞で大々的に報じられていたからである。だから、どんなに自分がその場所にそぐわないかはわかっていたのだ。ただ、美しい洋館には興味があり、心を惹かれたのも事実である。

「じゃあ使用人ではなく、花嫁修業に来ている知人の妹……なんて設定はどうかしら?」
「鳴様、そういう意味ではなく……」

 にっこり微笑み、響を後押しする鳴。奏も厳島も、うんうんと頷きながら聞いている。その中で由乃だけが戦々恐々としていた。とんでもない提案をし始めた鬼神を止めるでもなく、なぜか話を進める多聞家の人たち。いったいどうしてこんなことを言い出したのか、まるで理解出来ない。

「ふふふ。いいじゃないの、行きましょうよ。実は私にも招待状が届いているの。だから、響様のこの提案は嬉しかったのよ」
「嬉しい? のですか?」
「ええ、そう。だって洋装でおめかし出来る場所なんて、帝都でもそうそうないの。しかも、妹みたいに可愛い女の子を連れて行けるなんて、楽しみで仕方ないわ」

 鳴は夢見るように由乃を見、そして続けた。

「それにね。外国の方の中には、身の回りの世話をする人と一緒に出席していることもあるの。招待状の主が身元を保証しているのだから、割と自由なのよ。ね、行きましょうよ」
「そ、そうなのですか? ……でしたら、行ってみたい、です」

 立場的には、なんと言われようが断るのが賢明。と考えたが、興味が勝ってしまった。今をときめく翡翠会館、それを内部から見る機会はもう二度とないかもしれない。その思いが、由乃の好奇心を擽ってしまったのだ。