そう言えば、そんな話はしなかったなと由乃は思い出した。使用人として、多聞家に置いてもらえるだけでありがたかったので、気にもしなかったのだ。その気持ちは今も変わらない。お金がなくても不自由はないので、給金はいらないと思っている。
 しかし、鳴や蜜豆は、信じられないとばかりに響に詰め寄った。

「どうなんです? 響様。わざわざ連れてきておいて、ただ働きをさせるつもりだったのですか?」
「い、いや、そんなことは……」
「大方そこまで気がまわらなかったのじゃろう? 鬼神の中では最強の響様だが、人間社会の決まり事などには恐ろしく疎いからのう」
「疎くはないぞ」

 蜜豆に冷ややかな視線を向けた響は、答えを待つ鳴に向き直った。

「ただ働きをさせるつもりはない。それは本当だ。だが、確かに蜜豆の言う通り、気がまわらなかった。働きに見合った適切な金額を給金として支払ってやってくれ」
「承知しました、では……」
「あ、あの、待って下さい、みなさま! 私、ただで置いてもらっているのに、更に給金をもらうなんて、さすがに申し訳なく思います!」
「由乃。対価はきちんともらっておきなさい。今は必要ないかもしれない。だけど、いずれ必要になる時がきっと来るわ。あなたは十七歳だったわよね。すぐにどこかの殿方に見初められ嫁ぐでしょう。その時、蓄えは必要だと思うの」
「嫁ぐ?」

 鳴の言葉に由乃より早く反応したのはなんと響だ。気勢を削がれた形になった由乃は、目を丸くして響を窺う。自分が驚くならまだしも、どうして彼が驚いたのか、そのことが理解出来なかったのだ。鳴も同じように感じたのか、響に問いかけた。