ヨネは由乃の手を引くと、台所へと連れて行った。誰も入ってこないように用心し、汚れた着物を脱がせて背中を見ると、痛々しい赤い跡が付いている。悲鳴をあげ、叫んでもおかしくないほどの火傷の跡に、ヨネは息を呑んだ。

「……っ、由乃様……冷やしますね」
「え? ああ、ありがとう。自分では届かないから助かるわ。あ、それから、ヨネさん。私に「様」は、いらないわよ。誰かに聞かれたら、告げ口されるかもしれないもの」
「構いませんよ! 私にとっては由乃様こそが蜷川本家のお嬢様なのです。それを……使用人のように扱うなんて、酷過ぎます」
「まったく……ヨネさんは頑固だわ」

 穏やかに微笑んだ由乃を見て、ヨネの胸は締め付けられるように痛んだ。本来仕えるべき主人たちは、事故で亡くなり、娘の由乃は使用人同然の扱い。なにひとつ悪いことをしていない蜷川本家の人々が、どうしてこんな不幸な目に遭わなくてはならないのか。この世には神も仏もいないのかと、天に文句を言いたい思いであった。
 由乃を連れて、この家を出ようと思ったことは何度もあった。しかし、そう出来ない理由があった。ヨネには、昨年離縁し、出戻った娘がいる。その娘には、小さな赤子がいた。夫から暴力を受け、這う這うの体で逃げてきた彼女たちには、ヨネの収入だけが頼りであり、他よりもお給金がよい蜷川家の仕事を辞めるのは無理。ヨネの気持ちを知ってか、由乃は辛さや悲しさを顔に出すことはなかった。華絵に度を超えた暴力を振るわれても、決して気持ちを表情に出したりしない。
 そんな由乃を、ただただ、見ていることしか出来ないヨネは、歯がゆい思いでいっぱいだった。