「やはり忘れておいでか。ご自身の誕生日であろうに……」
「あ……ああ! そうだったな。はは、すっかり忘れていた。だが、特に予定もないのだから、忘れていても構わんだろう?」
「ほう。特に予定もない、と。それは行幸! 実は多聞の屋敷にて、響様の誕生会なるものをを開催しようという話になりましてな。ぜひともご参加していただきたくっ」
は? と、響は素っ頓狂な声をあげた。誕生会という、久々に聞いた言葉に面食らったのだ。幼い頃、両親が祝ってくれた記憶はある。しかし、二十にもなった男の誕生会なんて、考えただけでも恥ずかしい。響はすぐに断ろうとした。が、蜜豆の次の言葉を聞いて、決意が揺らいだ。
「由乃が有名菓子店に修行に行き、バースデーケーキというものを作る予定なのじゃ。響様のために心を込めてな。そんな乙女の想いを、まさか……まさか踏みにじったりはしないでしょうなあ?」
蜜豆はじりじりと響に詰め寄り、圧を掛けてくる。由乃の手料理の美味しさは蜜豆や白玉の折り紙付きだ。食べることしか楽しみのないふたりが絶賛するなんて、長い付き合いだが一度もなかったと記憶している。それほど旨いのかと、ずっと気にはなっていた。
だが……。
屋敷の奏のことを考えると、躊躇する。昔傷を負わせてしまった繊細な弟を閉じ込めたまま、自分だけが楽しんでいいものか、と。
「たまには帰ってきてもよいのではないですか? ……自分に厳しいのもよいが、響様は多聞の次期当主、このままの状態ではいきますまい」
「……そうだな。では明後日、屋敷に帰ると皆に伝えてくれ」
「承知」
満足そうに頷くと、蜜豆はすうっと姿を消した。
(思わぬことになってしまった。だが、あの娘……由乃の手料理か。どれほどのものか、楽しみではあるな)
応接の椅子から立ち上がり、整頓された仕事机のほうに移動する。四六時中、働いているからか、溜めている仕事もなく、差し迫った案件もない。
「屋敷に帰るにはいい機会か……」
そう呟くと、響は窓の外から覗く夕日に目を向けた。
「あ……ああ! そうだったな。はは、すっかり忘れていた。だが、特に予定もないのだから、忘れていても構わんだろう?」
「ほう。特に予定もない、と。それは行幸! 実は多聞の屋敷にて、響様の誕生会なるものをを開催しようという話になりましてな。ぜひともご参加していただきたくっ」
は? と、響は素っ頓狂な声をあげた。誕生会という、久々に聞いた言葉に面食らったのだ。幼い頃、両親が祝ってくれた記憶はある。しかし、二十にもなった男の誕生会なんて、考えただけでも恥ずかしい。響はすぐに断ろうとした。が、蜜豆の次の言葉を聞いて、決意が揺らいだ。
「由乃が有名菓子店に修行に行き、バースデーケーキというものを作る予定なのじゃ。響様のために心を込めてな。そんな乙女の想いを、まさか……まさか踏みにじったりはしないでしょうなあ?」
蜜豆はじりじりと響に詰め寄り、圧を掛けてくる。由乃の手料理の美味しさは蜜豆や白玉の折り紙付きだ。食べることしか楽しみのないふたりが絶賛するなんて、長い付き合いだが一度もなかったと記憶している。それほど旨いのかと、ずっと気にはなっていた。
だが……。
屋敷の奏のことを考えると、躊躇する。昔傷を負わせてしまった繊細な弟を閉じ込めたまま、自分だけが楽しんでいいものか、と。
「たまには帰ってきてもよいのではないですか? ……自分に厳しいのもよいが、響様は多聞の次期当主、このままの状態ではいきますまい」
「……そうだな。では明後日、屋敷に帰ると皆に伝えてくれ」
「承知」
満足そうに頷くと、蜜豆はすうっと姿を消した。
(思わぬことになってしまった。だが、あの娘……由乃の手料理か。どれほどのものか、楽しみではあるな)
応接の椅子から立ち上がり、整頓された仕事机のほうに移動する。四六時中、働いているからか、溜めている仕事もなく、差し迫った案件もない。
「屋敷に帰るにはいい機会か……」
そう呟くと、響は窓の外から覗く夕日に目を向けた。