午後五時。陸軍本部。
 三時間続いた長い上官会議を終え、響は部屋に戻った。会議の内容は頻発する帝都の犯罪に関することと、反政府勢力の制圧について。陸軍憲兵隊中佐の響は現場に赴くことはほぼないが、悪鬼が関与する事件については、率先して現場に行き、人知れず速やかに処理するようにしている。そのせいか、軍部内や巷では「多聞中佐が乗り出せば、全ての事件は解決する」と言われ、本人の与り知らぬところで英雄視されていた。
 帝都の悪鬼の数は、少しずつ増え始めている。悪鬼は世情不安と密接に関係するため、人々の不満が募ればそれだけ増大する。現政府が、人々の不満を募らせないような対策を打ち出せば、鬼神としての仕事も減るのだが……そんなことを考えていると、誰かが部屋の扉を叩いた。

「遠藤少尉、入りますっ!」

 飄々と、しかし、大声で入ってきたのは遠藤蘇芳(すおう)少尉。
 彼は響の部下であり、輔翼の家の出身である。遠藤家には年頃の女子がおらず、お嫁様候補がいなかったため、響と年の近い蘇芳を軍部に送り込んだ。鬼神の事情を知っている者が側にいたほうが動きやすいのは確かで、実際響も蘇芳がいてよかったと思っている。彼は生来の自由奔放さで、鬼神としての響を恐れない数少ないひとりだ。だからか、響も蘇芳を信頼している。

「お疲れ様です、多聞中佐。今夜も『ふじ吉』で食事ですか?」

 ふじ吉とは、響がよく行く軍本部近くの料亭である。とある事情で、屋敷にあまり帰らない響は大概そこで食事を取る。それを蘇芳は知っていた。

「ああ、そのつもりだが」
「じゃあご一緒します! もちろんおごりでお願いしますね!」
「……やれやれ、またか……」
「いやあ、実は今日、母と姉が観劇でいなくて。僕、暇なんです」
 
 蘇芳は無邪気に微笑んだ。