由乃は大切なことを思い出した。まず奏に意向を聞かなくてはならない。当の本人である奏が『さぷらいず』に乗り気でないと、準備を進められないからだ。
 早速、厳島と由乃は奏の部屋に赴き、事の次第を伝えた。久々に厳島と対面した奏は、照れ臭そうに目を逸らしたが、それでも厳島は、とても嬉しそうに微笑んでいた。
『さぷらいず』という案に最初は驚いた奏だが、説明するうちに食い付き、やる気満々になっていた。その後、仕事から帰った鳴にも、奏の件を伝える。すると、鳴は感極まって泣き出し、奏の部屋へと走るとそのまましばらく抱き付いて離れなかった。長女として、海外在住の両親から全てを任されていた鳴は、響と奏の件で心を痛めていたという。密かに部屋の様子を窺っていた由乃と厳島は、その様子にもらい泣きしてしまった。
 夕食時まで姿を現さなかった白玉は、すでに蜜豆から聞いていたのかいつもと同じ様子だ。しかし、終始ご機嫌に尻尾を振っているのを見て、やっぱり嬉しいのだなと、確信した由乃であった。
 全員の了承を得て、由乃たちは誕生会の準備を開始する。
 晩餐の献立と材料の手配は由乃が。誕生会を行う食堂の飾り付けは厳島や奏、鳴も参加して行った。更に由乃は、誕生会に必須の『バースデーケーキ』という洋風のお菓子を作ってみることにした。設備は整っている。でも、知識がないので、鳴に頼み込み、帝都で一番の洋菓子店『上野菓子舗』で一日、勉強させてもらうことにした。洋菓子の世界は、由乃に多大なカルチャーショックを与えた。鮮やかな色彩と鼻腔を擽るバターの香り。小麦粉と卵と砂糖、三つの食材が合わさって出来る焼菓子は、もはや天上の食べ物のように思えてならない。幸せな気持ちになりながら、由乃は必死で工程を頭に詰め込んだのである。
 そうして。
 あっという間に、響の誕生日会の日がやって来た。