聞きなれない言葉に、由乃は首を捻る。そんな彼女を見て、蜜豆は笑い、ひらりと肩から降りた。

「まあ、とにかく。明後日の夕刻、響様に屋敷に帰ってくるように伝えておこうぞ。計画は厳島や鳴と詰めておくがよい」
「は、はい。ありがとうございます、蜜豆様」
「いや。礼を言うのはこっちじゃ」
「え、えっ? なんですか?」

 よく聞き取れずに問い返すと、蜜豆は鼻先を上げてフッと笑う。そして、踵を返すと煙のように姿を消した。
 狐につままれたような(いや、猫にだが)由乃は、しばらく放心したのち、厳島を探して歩き出した。結局、厳島は厨房にいた。由乃は角盆を抱えたまま厳島に突進し、恐怖に顔をひきつらせた彼に奏の件を早口で捲し立てた。
 お互いがお互いを思い合ってのすれ違いだったと知ると、厳島は自分自身を責めた。どうして気付かなかったのか。もっと早くに気付いていれば、ふたりの三年間を無駄にすることはなかったのに、と。

「無駄、ではなかったかもしれません。だって、その時間、おふたりはお互いを思い合っていたのですから。憎み合っていたのでないなら、それは優しさを育んでいたのだと思います」
「優しさを、育む……ふふっ、あなたは面白い考えを持っていますね。でも、確かにそうかもしれません。それに、過ぎてしまったことを嘆くのは建設的じゃない。今出来ることをしなければ。蜜豆様の『さぷらいず』に乗ることにしましょう」
「はい! では、準備を進めなくてはなりませんね。あ、と、その前に……」