「そうなのですか……」

 由乃がここに来た日、すぐに仕事に戻ってしまった響は、未だ屋敷に帰ってはいない。
 とても忙しいのだろう、と思っていたが、実はそんな理由があったのだと驚いた。

「仕方ないとはいえ、悲しいですね」

 沈む厳島の表情に、由乃の胸も痛む。
 栄華を極めた多聞家の、悲しい秘密。どちらが悪いのでもない。悪鬼を退治しなければ、最悪の事態になっていたかもしれない。だからといって、火傷で済んでよかったなんて、無責任なことも言えない。
 その時、由乃は朝、鳴が言っていた言葉を思い出した。
 『だからこその悩みもあるのだろうけど』
 それはこのことを指していたのだろう。
(響様は私を助け出してくれた方、出来るならなんとかして差し上げたい。でも、使用人の私にはなにも出来ない。見ていることしか、出来ない。ああ、私はなんて無力なの。せめて なにか……小さなことでもいいから、なにか……)
 由乃は考えを巡らせる。奏と由乃の唯一の接点は、食事の配膳だけ。話すことも叶わず、会うことも出来ないのなら?
 しばらく考えて、ある考えが浮かぶ。それを、厳島に伝えると、静かに微笑みながら許可してくれた。