「三年前のことです。この付近で暴動事件がありました。何十人かの下級労働者によるもので、彼らは悪鬼にとり憑かれていました」
「悪鬼……」
呟き、由乃は古い記憶を辿る。昔父が、寝物語に話してくれた話を。
悪鬼とは、人が持つ負の感情が大好物な、その名の通り「悪い鬼」である。暴動や、様々な傷害事件、また殺人事件にまで発展するものの多くは、大概悪鬼が人をそそのかしているのだという。大半の人は悪鬼の存在を知らず、見過ごしてしまうのだが、鬼神にははっきりとその姿が見え、退治することが出来る……と。
帝都のように様々な人が集まった場所には、負の感情が澱みやすい。つまり帝都は、悪鬼にとって潜みやすい場所なのだろう。
「暴動は多聞の屋敷まで迫り、とうとう暴徒が中にまで入って来ました。暴徒は中庭に回り込み、庭で遊んでいた当時十歳の奏様に襲い掛かりました」
「ええっ! そ、それで、どうなったのですか?」
「幸い鬼神として覚醒していた響様が駆け付け、事なきを得ましたが……悪鬼を退治する際に放った炎が奏様の肩に当たり、酷い火傷をなさいまして……」
「では、今も火傷の後遺症で……?」
「いえ、命に関わるほどのものではなかったのです。しかし、それからというもの、奏様は塞ぎ込んで部屋に籠るようになりました」
厳島は目を伏せ、そして、続けた。
「奏様の火傷は左の首筋から肩にかけて、痛々しい痕を残しました。おそらく、その痕を見られるのが嫌で、部屋からお出にならないのだと思います。響様は責任を感じ……奏様の気持ちを慮って、顔を合わすのを避け、滅多に屋敷にお戻りになりません」
「悪鬼……」
呟き、由乃は古い記憶を辿る。昔父が、寝物語に話してくれた話を。
悪鬼とは、人が持つ負の感情が大好物な、その名の通り「悪い鬼」である。暴動や、様々な傷害事件、また殺人事件にまで発展するものの多くは、大概悪鬼が人をそそのかしているのだという。大半の人は悪鬼の存在を知らず、見過ごしてしまうのだが、鬼神にははっきりとその姿が見え、退治することが出来る……と。
帝都のように様々な人が集まった場所には、負の感情が澱みやすい。つまり帝都は、悪鬼にとって潜みやすい場所なのだろう。
「暴動は多聞の屋敷まで迫り、とうとう暴徒が中にまで入って来ました。暴徒は中庭に回り込み、庭で遊んでいた当時十歳の奏様に襲い掛かりました」
「ええっ! そ、それで、どうなったのですか?」
「幸い鬼神として覚醒していた響様が駆け付け、事なきを得ましたが……悪鬼を退治する際に放った炎が奏様の肩に当たり、酷い火傷をなさいまして……」
「では、今も火傷の後遺症で……?」
「いえ、命に関わるほどのものではなかったのです。しかし、それからというもの、奏様は塞ぎ込んで部屋に籠るようになりました」
厳島は目を伏せ、そして、続けた。
「奏様の火傷は左の首筋から肩にかけて、痛々しい痕を残しました。おそらく、その痕を見られるのが嫌で、部屋からお出にならないのだと思います。響様は責任を感じ……奏様の気持ちを慮って、顔を合わすのを避け、滅多に屋敷にお戻りになりません」
