鳴が食堂をあとにし、由乃は食器類を片付けた。それから、厨房で厳島と朝食をとると、使用人としての仕事に戻った。食堂を掃除し、洗濯をし、玄関前を掃く。仕事に向かう鳴を見送ってから、また掃除に戻る。そうしているうちに時は過ぎ、時刻は午前十一時になっていた。由乃は厨房に戻り、奏の昼餉の支度を始める。
(朝は簡単なお粥だったから、昼はもっと種類を増やしましょう。おいしそうなお野菜がたくさんあったから煮物を作って、冷蔵箱に入っていた真鱈を味噌焼きにしようかしら)
 多聞家の厨房は、食産物の宝庫である。最新の冷蔵箱には様々な種類の魚や、田舎では滅多にお目にかかれない牛肉も入っていた。それらは、毎日仲買が届けてくれるらしく、とても新鮮だ。好きに使っても構わない、と厳島が言っていたので、由乃は遠慮なくそうさせてもらおうと思っていた。

「由乃さん。昼餉が出来たら、一緒に奏様の部屋に持って行きましょう。今後は由乃さんに持って行ってもらいますからね」

 厳島が厨房に顔を覗かせた。

「わかりました。すぐに仕上げます」

 真鱈もあと数分で焼き上がり、煮物も出来上がっている。匂いに釣られて厨房にやってきた蜜豆と白玉に昼餉を与えると、由乃と厳島は奏の部屋へと向かった。
 使用人部屋のある右側に比べて、左側は東向きであるため、とても明るい。気温のわりに温かく感じるのは、採光の取り方がよく考えられているからだろう。
 ほどなくして、由乃たちは奏の部屋の前に着いた。
 部屋の前には、腰くらいの高さの机があって、朝餉の食器が置かれている。食器は食べ残しもなく、綺麗に空になっていた。