(今日はどんな小言かしら。きっとまた、たいしたことではないわ)
 そう思いながら、華絵が大袈裟に怒る様子を想像し、由乃はため息を吐いた。
 廊下ですれ違った使用人のヨネが、心配そうに由乃を窺う。ヨネに微笑んで見せると、腹を括って居間の障子を開けた。

「由乃! この、のろま! 呼ばれたらすぐに来なさい!」

 華絵は、目を三角にして怒鳴ると、座卓の下を指差した。

「箸が落ちて転がっていったわ。拾ってよ」
「はい」

 やはり下らないことだった、と座卓脇に屈み、下を覗き込む。すると赤い箸が奥のほうに落ちている。どうしたらそんなところに落ちるのかという位置に、だ。華絵の性格を嫌というほど知っている由乃は、このあとの展開を簡単に予想出来た。落ちた箸を拾うために、座卓に潜り込んだら、なにかしらの嫌がらせをするのだろう。それを知っていたのに、あえて由乃は箸を拾いに座卓に潜り込んだ。これを回避しても、次の嫌がらせが待っている。それなら、さっさと済ませたほうがいいと思ったからだ。
 案の定、華絵は味噌汁を由乃の背中に零し、その熱さに一瞬悲鳴が出そうになった。

「あら、悪いわね。手が滑ったわ」
「……」
「ふんっ! あんた、ほんとにつまらない子ね。いつも恨みがましい目でこちらを見て、感じが悪いったらないわ。まあ、今日はあんたに構っている暇はないのよ。あとで私の部屋に帯を届けておきなさい。金糸の氷割に四季草花の模様のやつよ! わかったわね!」
「……はい」
 
立ち上がり、踵を返した由乃の背中に、華絵の言葉が刺さる。