午前六時半。多聞家、食堂。
 厳島と共に食堂で朝餉の準備をしていた由乃は、大テーブルに用意された食器の数に疑問を持った。響は軍部から帰ってきていないので、食堂で集まるのは長女の鳴と、次男の奏のふたり……であるが、厳島が用意した食器は一人分であった。

「厳島さん、食器の数は合っていますか? おふたりいらっしゃると聞きましたが」
「ああ、失礼。説明不足でしたね。食堂には鳴様しかいらっしゃいません。奏様は……お部屋で召し上がります」
「まあ、そうだったのですね。畏まりました」

 どうして食堂で食べずに部屋で食べるのか、という軽い疑問を持ったが、それを尋ねはしなかった。主人の意向をいちいち疑問に思う使用人など、信用に値しない。と考えたからだ。
 厳島と由乃の軽いお喋りが済むと、突然、食堂の扉が開いた。入って来たのは、背筋がピンと伸び、上背のある美しい女性だった。響と同じ茶色の髪を耳の下でひとつに結い、山吹色の高級な生地の小紋を着ている。身のこなしは実に優雅で、また堂々としており、さながら宮家の姫のようだと由乃は思った。
 多聞鳴は、定位置だろう場所に座ると、新人使用人に目を止めた。

「厳島、この子が新しい使用人?」

 表情を変えずに、鳴は言う。顔の雰囲気が響に少し似ている。

「はい。鳴様。さ、ご挨拶を」

 厳島に促され、由乃は鳴に向き直る。

「蜷川由乃、と申します。よろしくお願いいたします」
「蜷川……輔翼の家の者ですね。身元も確かなようだし、問題はないでしょう。それに、響様が連れ帰ったのですから、私が口を挟む必要はないわ」