あの家族の徳の低さは尋常ではなかった。徳の低さは邪気を招き、悪鬼を産み出し己が身を蝕む。しかし響は、蜜豆の言うように気を配る必要はないと思っていた。蜜豆は由乃が蜷川家でどういう扱いをされていたかを知らない。由乃のいた家だから「気を配れ」と言いに来たようだが、どう考えても由乃はあの家族に虐げられていた。本人はなにも言わないが、響にはすぐにわかった。側にいた老婆だけは違ったようだが、邪気は彼らが招いた因果である。
 蜜豆は、響の静かな怒りを感じていた。仕える主人は今微笑んでいる。しかし、その根底にある感情を蜜豆は見逃さない。それは長年の主従関係がなせる業だ。
 だが、なぜ? 自らが連れてきた使用人の家を助けはしないのか? そんな蜜豆の疑問も、鬼神響はお見通しだ。

「蜜豆……実はな……」

 響に事情を聞いて、蜜豆も納得した。そして、同じように怒りも湧いてきた。血族でありながら、使用人のように扱われ、ボロの衣服しか与えられず、虐げられる日々。辛い環境であったろうに、由乃は笑顔で蜜豆と白玉に美味しい朝餉を出してくれたのだ。それだけの目に遭ったのなら、心が荒んでもいいはずなのに、由乃の心は清々しいくらい鮮やかに輝いていた。

「なるほどの。では蜷川家のほうは完全に捨ておくと?」
「ああ。己の招いた結果だ。仕方あるまい」
「了解じゃ。そうそう、響様も一度由乃の作った糠漬けを食うとよい。天にも昇る旨さだぞ?あ、いかん。今朝、我と白玉で食い切ってしもうたわ」
「嫌がらせか? ふっ、まあ、そのうち……そのうち帰る」

 白々しく言う響を、蜜豆は肩を竦めて見、そして、消えた。