猫が喋る、という異常事態の謎が解け、由乃は心の底から安心した。鬼神の神使ならば、喋ったり変化したりしても不思議じゃない。昨日からの視線の正体や、夜中に聞こえた鳴き声も蜜豆だったのかも。

「うむ。由乃、旨い飯をこれからも頼むぞよ。やっとよい使用人が来たな、厳島よ。これでお主も楽が出来るのう」
「はあ……使用人を驚かせて辞めさせた張本人の言葉とは思えませんね」
「なにを言う。使用人の面接じゃ。邪な輩を家から追い出してやっておるのだぞ? 礼を言われてもよいくらいじゃ! 由乃が来る前の使用人は、揃いも揃って手癖が悪い。多聞家の調度品をくすねる者ばかりでな。困ったものよ」
「確かにそうでしたが……しかし、そのおかげで多聞家は幽霊屋敷だという噂が立ち、誰も働きに来なくなってしまったのですよ。それについてはどうお考えで?」

 問い詰める厳島の視線を躱し、蜜豆は由乃に擦り寄った。

「うるさい爺は放っておくとして、由乃よ。お主の体から漂う香りはなんじゃ?」
「え? 私、臭いでしょうか?」
「いやいや、そうではない。なんというか、酸味と旨味の調和がとれ、仄かに……柚子、そう柚子の香りがする!」
「柚子……あ、もしかして糠床の匂いでは? 糠床には柚子の皮を少量使っていました。それを毎日触っていましたので、沁みついているのかもしれません。不快でしたでしょうか?」

 尋ねると蜜豆は首を横に振った。

「逆じゃ。旨そうなよい匂いがする。その糠床では漬物を漬けておるのであろう? ぜひ我も堪能したいのだが?」