(そうなりますね……って? こんな大きなお屋敷に使用人ひとりでなんとか出来るのかしら? 部屋数も多いし、手が足りないと思うけど。でも変ね、多聞財閥ならお給金もいいはず。いったいなんの不満があって辞めたの?)
 考えを巡らせる由乃に、厳島は飄々と言った。

「みなさん、三日と持たないのですよ。困ったものです」
「どうしてでしょうか?」
「先日辞めた方は『部屋で物音がする』とか、『変なものを見た』とか騒いでいましたね」
(それって……昨夜私が感じたものと同じ?)
 執拗に感じていた視線、眠る前に聞こえた猫と犬の鳴き声。もしかしたらそれらは、使用人たちが辞めた理由に繋がるのかもしれない。しかし、あの視線に悪意は感じられなかった。悪意というより、どちらかというと「警戒」に近い気がしていた。

「そんなことより、朝餉の支度です」
「は、はい。そうですね! よろしくご指導下さい」

 由乃は気持ちを切り替えた。なにが起ころうとも、ここで働いて生きて行かなければならない。救ってくれた響のためにも、涙を流してくれたヨネのためにも、自分は強くならねばいけないと誓ったのだ。
 厳島は手際よく朝餉の準備を進めていく。それを隣で見ながら、由乃は必死で厨房の使い方を覚えた。
 竈は最新式の瓦斯を使ったもので、短時間でお米が焚ける。燐寸で火を付ける瓦斯台は火力が強く、煮物も焼き物も簡単に作ってしまう。旧式のものしか知らない由乃にとって、目から鱗の魔法の製品ばかりであった。

「さあ、準備は出来ました。瓦斯の使い方は覚えましたか?」
「はい。でも、あの……」
「なんです?」