朝、四時十五分。いつもと同じ時刻に目覚めた由乃は、体の節々が痛くないことに感動した。
 寝具の寝心地は、まるで雲に包まれているかのように柔らかい。疲れもほとんどとれていて、とても体が軽かった。軽く背伸びをすると、衣装棚から新しい着物を出す。そして、素早く着ると早々に部屋を出た。
 屋敷内はしんとしている。使用人の棟であるのに、隣の部屋や向かいの部屋からは、人がいる気配が感じられない。ひょっとしたら、もうみんな仕事を開始しているのでは、と由乃は早足で食堂へ急いだ。
 食堂へ入ると、テーブルクロスを整えている厳島がいた。

「おや? おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「はい、とても快適でした」
「それはよかった。ええと、今が四時四十五分、少し早いですが、早速仕事を開始しましょう」
「よろしくお願いします」

 厳島と由乃は食堂から出て、隣の部屋に移動した。そこは厨房だった。しかし、蜷川家の和風の厨房と違って、珍しい調理器具がたくさんあった。

「多聞家の厨房は、西洋の技術を取り入れた最新式になっています。前の家は旧式の竈でしたか?」
「はい」
「では、今日は使い方を教えながら作りましょう」
「え? あの……厳島さんが? 他の使用人の方は?」

 腕捲りを始めた厳島を見て、由乃が尋ねた。いると思った他の使用人は、誰ひとり見当たらない。厨房には由乃と厳島のふたりきりだ。

「……つい先日、最後の使用人は辞めてしまいましてね。その間、ずっと私が食事を作っています」
「最後の使用人が辞めたって……もしかして、今、私だけですか?」
「そうなりますね」