「では、館を案内しながら、部屋に向かいましょう。使用人の部屋には、女性用の着物が何着かあったはずです」
「はい……ん?」

 頷いた由乃は、どこからか視線を感じて振り返った。しかし、そこには誰もおらず、高そうな花瓶があるだけだった。

「なにかありましたか?」
「あ、いいえ。気のせいだったようです。申し訳ありません」
「そうですか、では行きましょう」

 淡々とした口調の厳島のあとを、由乃は付いて行った。
 広い吹き抜けの玄関から、まずは中央棟一階の食堂と大広間へ。各部屋に向かう途中にも、何度か視線を感じた。いちいち振り返りはしなかったが、どうも、誰かが様子を窺っている気配がする。広い屋敷のどこからか、姿を隠してひっそりと。
(やっぱり他にも使用人がいて、どこかからこちらを見ているのだわ。新しい使用人が気になる気持ち、わかるもの)
 そう納得すると、由乃は視線を気にせず平然と厳島の説明を聞いた。
 二階に着くと、左右のふたつの棟へ向かう踊り場があり、そこで厳島が立ち止まった。

「ここから左は、響様や多聞家の長女(めい)様、次男の(そう)様のお部屋となります。多聞の現当主夫妻はお仕事で海外にいらっしゃるので、お仕えするのは響様たちだけです。あ、そうそう、由乃さんの部屋は右棟の端の最奥となりますので間違えないように」
「畏まりました」

 迷子になりそうなくらい広い屋敷だったが、幸い目印になりそうな調度品は多かった。慣れないうちは、それを見て方向を確認するのがよさそうだ、と由乃は気を引き締めた。
 右棟突き当りの部屋に案内すると、厳島は言った。