厳島は穏やかに微笑みながら、後ろに佇む由乃に目をやった。身なりや言葉使いから、彼が家令であるのはすぐにわかった。その眼光は鋭く、人とはかけ離れているようにも思える。

「あの、蜷川由乃でございます。よろしくお願いいたします」
「厳島です。よろしく、由乃さん。多聞家にようこそ。それでは、響様、馬車へ」

 流れるような動作で、響を馬車へと促す厳島。由乃は彼らが乗るのを待って、最後に馬車に乗り込んだ。
 十五分ほどして、馬車は大きな洋館の門を潜る。外国との交易も盛んになった昨今、都会の一部では、洋館が増えているらしい。しかし、その多くは官僚や海外事業に関わっている名家のみ。材料がなく輸入に頼らなくてはならないため、作るには法外な金額がかかるからだ。
 多聞財閥は、金融関係を主体にしたグループ企業で、世界各国との繋がりがある。そのため帝都でも西洋化を早めに取り入れた家だと、由乃は厳島から説明を受けた。
 蜷川本家も大きいと思っていたが、そんなもの比較にならないくらいの荘厳さに、由乃は見上げて息を呑んだ。
(こんな大きなお屋敷の使用人だったら、きっと何十人もいるに違いないわ。ヘマをしないように頑張らないと!)
 しかし、そんな由乃の予想は、屋敷に入った途端裏切られる。響と厳島に続いて入った屋敷には、人の気配がまるでなかったのだ。

「俺はこれから軍に行き、定時報告を受けてくる。帰りはいつになるかわからない」
「畏まりました。行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃいませ」

 厳島の少し後ろで、由乃も深々と頭を下げる。その様子を見て、響は満足そうに出掛けた。