「そりゃあな……あ、すまん、そういえば名前を聞いておいて、こちらが名乗っていなかったな。俺は多聞響、ずっと鬼神様では都合が悪いだろう。名前で呼べ」

 あまりに遅い自己紹介に、由乃は呆れを通り越し、愉快になった。人とは時間の流れが違う鬼神は、細かいことに頓着しないのかもしれない。長い時を生きれば、名前などどうでもよくなるかもしれない、と。

「はい、では響様……あの、話のついでに質問してもよろしいですか?」
「ああ」
「どうして私をお連れになったのですか? 蜷川の本家の娘は華絵様ですが……」

 なにをおいても、聞いておきたかったのはこれだ。他はどうでもいい。

「……ひとつは、蜷川元治と華絵が気に入らなかった。ふたつ目は……お前が不幸そうだったからな」
「不幸……なるほど。では、救って下さったのですね」
「まあ、そうなるな。おっと、それから、もうひとつ大事なことを伝えておく。嫁とは言ったが、それはあの家からお前を連れ出す口実だ。だから……」
「承知しております。私は使用人、鬼神様のお嫁様などと大それたことは望んでおりません」

 由乃は一連の響の行動に合点が行き、ほっとしていた。
(全て響様が私を思ってして下さったことだったのね。それに、本家でもないのにお嫁様だなんて、ありえないわ)

「徳も高ければ、理解も早いか……」
「え?」
「いや、なんでもない。それで、だ。改めてお前を多聞家で雇いたいのだが、どうだ?」
「まあ! よろしいのですか? あ、でも、お役に立てるかどうか。私、家事しか出来ませんので」