(この地獄のような空間に、長居は無用。わざわざ足を運んだことで、期待を持たせてしまったが、これも己の徳の低さが招いた結果だと知るがいい)
 強い響の力に抗えず、由乃は引きずられるように応接間を出た。現実とも思えない出来事に頭も働かず、困ってしまい振り返ると、ヨネと目が合った。ヨネは涙目で微笑み、何度も頷きながら「よかった、よかった」と繰り返している。彼女にとっては、これが本来の結末。鬼神のお嫁様に由乃が選ばれて、これほど嬉しいことはないのだ。

 蜷川本家から、息を吐く間もなく馬車に乗る。由乃は鬼神からの説明を待った。しかし、目を閉じて転寝をし始めた彼を起こすのも躊躇われ、仕方なくその様子を窺った。それから、奥州鉄道の駅がある六花町に着くと、大きな旅館で宿を取る。由乃にも部屋が与えられたが、その広さと豪華さに落ち着かず、結局一睡も出来なかった。
 そして、次の日の朝。
 なんの会話もないまま、鬼神と由乃は始発の列車に乗り込んだ。
 初めて見る列車の一等車両の特別個室は、由乃に少なからずショックを与えた。雪国の田舎で育った彼女には、長い鉄の箱が動き、その中に美しい部屋があるなんて考えられないことだった。座った座席も心地よく、ここになら住めるかも、と目を輝かせた。

「嬉しそうだな」

 唐突に鬼神が言った。

「は、はい。鬼神様……なにもかもが珍しくて興奮しております。落ち着きがなくて申し訳ありません」
「いや。鉄の箱が動くなんて、驚くのも当然だ。俺も最初は驚いたよ」
「鬼神様も、ですか?」