「ああ、そうだよ」
「あと、それから……鬼神様のお嫁様にもなるのね! ほよく……だったっけ? うちみたいに、そう呼ばれる家からお嫁様を選ぶ『しきたり』なんでしょう?」
「うん。でも、由乃にはまだ早い話かな」

 父親は苦笑いする。『しきたり』に関しては、簡単にしか説明していない。いずれ詳しく説明するにしても、十歳の娘が理解するには少し難しいからだ。
 現在残存している輔翼(ほよく)の家は、日本に十軒。多くが、古より鬼神を祭る神社縁の家で、鬼神転生の秘密を知らされている家系であった。輔翼本家の娘の中から、鬼神の転生体と年齢が近い女性が選ばれるのだが、それにはわけがある。鬼神は輔翼本家の直系の娘とでなければ、男子を授かることが出来ない。男子でなければ現身になれない、というのは天帝が定めた唯一の決まり事、よって以後それが『しきたり』として伝えられてきたのだ。
 長い年月の中、本当かどうかを試した鬼神もいた。その結果、やはり直系の娘にしか男子が生まれなかったことにより、改めて輔翼本家から嫁を迎える『しきたり』が定着したのだ。

「由乃はお嫁様になりたいのかい?」

 父親は問うた。鬼神の話を聞きたがるから、きっとそうだと思ったのだ。だが、返ってきた答えは全く違った。

「ううん。会ってみたいとは思うけれど、別にいい。私は、ひとり娘だから、ずうーっとお父様とお母様の側にいて、老後の面倒をみると決めているのよ」
「……老後の面倒? そ、そうか。嬉しいよ」

 子どもらしくない言動に、父親は唖然としながら言葉を漏らす。同じ年の友だちが近くにいないせいか、由乃は使用人のヨネや、母親の美幸とばかり話している。そのため、妙に現実的で論理的な物言いをすることがあった。しかし、褒められて、えへへと照れる娘は、確かに十歳の可愛らしい子どもだ。
 お嫁様に選ばれても、選ばれなくても、由乃が幸せであればそれでいい。
 蜷川徳佐(とくさ)は、そう願わずにはいられなかった。