四月某日。
 多聞家の中庭では、多聞響と蜷川由乃の婚約披露の会食が執り行われていた。欧米にあるような立食形式で、ごくごく親しい友人、輔翼の家の代表者や知人のみが参加を許された会である。友人の中には大臣の増長誉や、その姪の園山成子と遠藤蘇芳、いずれも響と由乃に関わりの深い者たちが名を連ねる。もちろん、家族である鳴や奏も出席していた。

「おめでとう、多聞中佐。いやしかし、仕事で忙しいから結婚などしない! と言っていたのはどこの誰だったかな?」

 葡萄酒のグラスを手に、上機嫌の増長が響に絡む。そんな増長の嫌味を軽くいなし、響は笑顔で言った。

「仕事は今も山積みだ。だが、由乃がいれば、仕事の大変さも苦にならない。結婚とはそういうものなのだろう?」
「調子がいいな」
「ふふふ。ああ、そうだ! 例の件では世話になったな」

 例の件とは、蜷川本家のことだ。成子から全ての事情を聞いた増長は、蜷川家の「後始末」に力を貸してくれた。元治の死や、悪鬼に食われたことによる久子の失踪を、人々の口の端に登らないように秘密裏に処理。また、華絵を政府の息のかかった病院に入れてくれるなど、使える権力を存分に使って助けてくれたのだ。

「面倒臭い悪鬼を退治してくれたのだからな。そのくらいするさ。成子からも頼まれていたからね。なあ、成子?」

 誉に話しかけられ、蘇芳と談笑していた成子は振り向いた。

「え? ああ、由乃さんの件ですか? 当然ですわ。命の恩人の由乃さんですもの。しっかり幸せになってもらわないと困ります」
「成子嬢、ありがとう。君は由乃の初めての友だちだ。これからもずっと彼女の相談相手として、仲良くしてやってくれ」
「まあ! 響様ったら。まだ結婚していないのに、もう夫気どりですの? 嬉しいのはわかりますが気が早すぎます」

 ケラケラと朗らかに笑う成子につられて、周囲も晴れやかな笑声をもらす。和やかな雰囲気に包まれていると、響たちの元に、鳴と奏がやって来た。