「終わったな」

 口を開いたのは響だ。響は一瞬で人の姿に戻ると、由乃へ手を伸ばし引き寄せた。それから、ふんわりと優しく抱き締めた。

「帰ろうか、うちに」
「そうですね。みなさまが待っていますもの」
「ああ。もう由乃に害が及ぶことはない。安心して暮らせるな」
「はい。ありがとうございます」

 響の温かい腕の中で、由乃はかつて幸せだった頃の夢を見た。徳佐と美幸とヨネと、楽しく暮らした蜷川家。両親はもういない。あの日々も二度と戻らない。だが、自身を抱き締める逞しい両腕は、由乃の体も心も真綿で包み、安息の地をもたらしてくれる。
(お父様、お母様、私、鬼神様と今世を行き抜きます。なんの助けにもならないかもしれませんが、精いっぱい励みます。だから、見守って下さいね)

「響様、由乃。はようせんと御者が待ちぼうけて帰ってしまいまするぞ? もう半夜じゃからのう」

 猫に戻った蜜豆が、窓の外を鼻先で指す。いつの間にか天には月が顔を出していて、煌々と辺りを照らしている。それは、これからの響と由乃の道行きを指しているようであった。