「なぜだ……避けたはずだ!」
「遅いのだ、馬鹿め。この程度の力で、鬼神様に挑もうとは笑止千万。それ、おまけにもう一撃!」

 言うと、夜叉は爪を垂直に馬鬼の肩に突き立てる。馬鬼はそのまま壁に打ち付けられ、動けなくなった。

「くそっ。くそっくそっくそっ! やはり、まだ勝てんのか! ならば今は逃げてまた、力を……」

 逃げることに全力を注いだ馬鬼は、夜叉の爪に打ち付けられた肩を自ら引きちぎり、絶叫を上げながら窓に走る。しかし、それを響は許さない。素早く印を結ぶと、人には理解出来ない文言を馬鬼に向かって放った。
馬鬼の背に、数えきれないほどの炎の矢が突き刺さり、床にバタンと倒れ込む。そして、足だけをバタつかせながら悶絶した。

「うわああああああ。体がぁ体がぁあああああ」
「痛みなく一瞬で消滅させる術もある。だが、そうはしない。お前は、由乃の大事な家族を奪い、苦しめ悲しませた。鬼神としてではなく、俺は今世を生きるひとりの男として、大事な花嫁を苦しめる奴を決して許さない」

 響は由乃を見た。由乃はその熱い視線を受け、少しだけ照れた。こんな時に非常識だと思うが「大事な花嫁」と言ってくれたことがとても嬉しかったのである。

「う……ぐっ……ぐう……」

 馬鬼は恨めしげな目を向ける。が、響は顔色ひとつ変えず、言い放った。

「最後の瞬間まで痛みを味わえ。それがお前の行いの報いだ」
「ぐ……あ……」

 炎は馬鬼の体を覆い、決して離さない。響の言った通り、馬鬼は最後の最後まで苦しげな声をあげ続け、やがて、灰になって霧散した。邪悪な気配が消え、あとには静けさと闇が残った。