「いるな」

 響が呟くと、由乃の後ろを優雅に歩いていた蜜豆がヒョイと前方に躍り出た。

「ふん。鬼神と我らを前に、逃げ出さず待ち構えているとはの。ここまで来てみろということか? 三下風情が! 気に食わぬっ。羅刹、いくぞ!」

 そう叫ぶと、羅刹と同じく蜜豆も真の姿に変化した。
 夜叉は羅刹と違い屈強ではないが、ひょろりと背が高く長い爪を持つ女鬼だ。漆黒の長髪に浅黒い肌。瞳は闇に浮かぶ緋色である。角は二本、羅刹と逆で上向きに生えており、深みのある紫紺の長衣を纏っていた。
 夜叉と羅刹が、目の前の障子を勢いよく蹴り倒すと、部屋の全貌が現れた。
 周囲に何本も灯された蝋燭。壁に刻まれた儀式めいた文様。その中心に目を閉じた久子が正座している。それは異様な光景だ。

「久子叔母様!」

 由乃が叫ぶと、久子はゆっくり目を開き、言葉を発した。

「久子はもういない。ワシが乗っ取り、喰ろうたからなあ」
「お前が悪鬼か」
「そう。最初はちっぽけな悪霊だったワシが、愚かな女の嫉妬と妬みで今や悪鬼を凌駕し大悪鬼……笑いが止まらぬとはこのことよ」
「正体を現せ。それとも、人の皮を被っていないと話せない腰抜けか?」

 響に言われてむっとした悪鬼は、立ち上がると咆哮を上げた。すると、辺りに風が巻き起こり、灯っていた蝋燭が一斉に消え、室内は真っ暗になる。闇の中、鬼神響が右手で炎を作り出し、再度蝋燭に点火すると……。そこにいたのは、二本足で立つ、馬に似た醜悪な「なにか」だった。目は剥き出しで、口からは涎を垂らし、全身が血のように赤かった。