由乃が持っていた高価な着物は、全て華絵に奪われている。代わりに与えられたのは、虫食いのある粗末なものだ。気の毒に思ったヨネが、自分ものを何着か渡した。しかし、そのたびに華絵に奪われるので、由乃はもう、虫食いの着物しか着なくなったのだ。
 救ってやりたい、と響は考えた。由乃にこの場所は相応しくない。ここにいれば、いずれ彼女の花は枯れるだろう。美しい蓮の花、未だ蕾の高貴なる花は……。
 考えを巡らせると、響は、最も面倒臭くなくて簡単な方法を思い付いた。
(使用人は、蜷川家のものだ。勝手に連れて行くわけにはいかない。だが、嫁に選べば話は別。多少強引だが、論理としてはまかり通る。持論に反するが、ここを上手く切り抜けるにはこの方法が一番よい)

「決めた。俺はお前を嫁にする。異存はないな?」
「は? え? あの……それは……」

 由乃は驚きのあまり目を見開いた。響が彼女に向かって言い放った言葉が、あまりにも唐突だったからだ。

「多聞様! その娘だけは絶対になりません! 本家の者ではない女をお嫁様になどっ! それでは、昔からの「しきたり」が……」
「蜷川元治。俺は「しきたり」に従う気はないと、さきほど説明したはずだ。輔翼の役目に関してはありがたいと思っているが、それとこれとでは話が別。弁えよ」
「そ、そんな……」

 がくっと膝を落とす元治。狂ったように泣き叫ぶ華絵。佐伯は死人のように青ざめ放心状態で立ち尽くしている。

「さあ。行くぞ」

 響は由乃の手を引いた。