三十分ほどして、馬車が止まる。由乃は窓の外を見た。しかし、真っ暗闇の中では、どこにいるのかもわからなかった。

「旦那、少しよろしいですか?」

 御者の男が外から問いかけ、響は扉を開けて返答した。

「なにかあったか?」
「へえ。馬が突然止まっちまいまして。怯えた様子で一歩も動かないんです」
「動かない? そうか、目的地まではどれほどある?」
「もう目と鼻の先です」

 御者は暗闇の先を指差した。

「では歩いて行こう。済まないがこの辺りで待っていてくれ。あと、灯りも貸して貰えるか?」
「へえ。畏まりました」

 響は御者からランプを借りると、由乃に手を貸して馬車から降ろす。蜜豆と白玉も馬車から降りて、全員で蜷川本家を目指した。

「馬が怯えたのは、十中八九、大悪鬼のせいだ。間違いなくいる。ここからでも気配が感じとれるからな」
「我の髭にもビンビンと感じまするぞ。力を溜め込んだ大悪鬼が待ち構えておるのがなあ」
「オレも全身の毛が逆立つような気がするぜ」
「みなさん……恐ろしくはないのですか? なにやら、はしゃいでいるように見えますが」

 由乃の足は怖くて震えていたが、響たちに恐れている様子は微塵もない。

「悪鬼に恐怖は感じない。蜜豆や白玉のように本当に強い大悪鬼なら、『手ごわい』と感じたことはあるがな」
「おや? そう思っていて下さったのですか? 我らあっけなく調伏されてしまったような気がしますが。なあ、白玉よ」
「おう。あの時は圧倒されたよな。響様の力の凄まじさを身をもって知ったよ」
「ふふっ。いつかそのお話を聞きたいです。蜜豆様と白玉様が、響様と出会い戦って、共に悪鬼に立ち向かおうと志す話。興味があります!」