久子のことを思い返していると、昔のある出来事が由乃の胸中に甦る。あれは、由乃が五歳の時、徳佐の不在時に元治夫妻と華絵が遊びに来た。来るなり由乃を突き飛ばし、美幸に纏わりつく華絵と、美幸を熱く見つめる元治。そんなふたりを穏やかに微笑みながら久子は佇んでいた。そして、母を取られ寂しそうにしている由乃に「華絵がごめんね」と声を掛け、花の形の小さな落雁をくれたのだ。
(その落雁は甘くて、とてもほっとする味がした。でも、久子叔母様の表情はどこかもの悲しそうだった。子ども心に、どうしたのかなって思ったんだっけ……)
「なんにせよ、本家にいかなくてはなるまい。この現場の件は、明日地元の警察と憲兵隊に知らせるとして、今から本家に行くと暗くなってしまうが……由乃は宿で待っているか?」
「いいえ。行きます。蜷川家の者として、最後まで見届けたく思います」
「よし。では行こう」
忌まわしき元治の別宅をあとにし、響たちは一路、蜷川本家へと向かった。麓に待たせておいた馬車に乗り、御者の男に行く先を告げる。移動している間に、すっかり日は落ち、辺りは真っ暗になった。今宵に限って月も顔を出していない。馬車の行く先を照らす灯りがある以外は完全な闇。帝都と違い田舎はさらに闇が濃い気がした。
(その落雁は甘くて、とてもほっとする味がした。でも、久子叔母様の表情はどこかもの悲しそうだった。子ども心に、どうしたのかなって思ったんだっけ……)
「なんにせよ、本家にいかなくてはなるまい。この現場の件は、明日地元の警察と憲兵隊に知らせるとして、今から本家に行くと暗くなってしまうが……由乃は宿で待っているか?」
「いいえ。行きます。蜷川家の者として、最後まで見届けたく思います」
「よし。では行こう」
忌まわしき元治の別宅をあとにし、響たちは一路、蜷川本家へと向かった。麓に待たせておいた馬車に乗り、御者の男に行く先を告げる。移動している間に、すっかり日は落ち、辺りは真っ暗になった。今宵に限って月も顔を出していない。馬車の行く先を照らす灯りがある以外は完全な闇。帝都と違い田舎はさらに闇が濃い気がした。