「ふうむ、死んでおるなら華絵や佐伯を操ることは出来んのう」

 蜜豆が呟く。それに頷き返すと、響は由乃のほうを向いた。 

「その上、ここに悪鬼の気配は皆無。元治はまともな思考ではなかったが、少なくとも悪鬼には操られてはいない、と考えるが。どう思う、由乃?」
「私も同感です。でも……それでは大悪鬼は、いったい誰にとり憑いているのでしょうか?」

 大悪鬼が元治にとり憑いていると思い、ここまで来た。だが、大悪鬼の気配は感じるのに、めぼしい関係者が誰もいない。悪鬼は誰かにとり憑いて悪事をそそのかし、力を溜めて大悪鬼になる。そう響から聞いていた由乃は首を捻った。

「関係者は……ひとり残っている。あまりの影の薄さに、思考から除外してしまっていたが……」
「あっ……まさか、久子叔母様ですか?」
「ああ。部屋に引き籠っていた久子なら、悪鬼にとり憑かれていたとしても、気配を消して潜伏していればそうそう気付かれることはない。俺や蜜豆や白玉が、本家にいて淀んだ気配しか感じられなかったのはそのせいだ」
「なるほどのう……しかし、その久子とやらは悪鬼に憑かれるような、怨念を抱えた人物なのかえ?」

 蜜豆は不思議そうに由乃を見た。しかし、その問いに答えたのは響だった。

「成子嬢の調査書には、久子が夫の元治に暴力を振るわれたり、娘の華絵に暴言を吐かれたりという記述があった。おそらく、それに耐えかねて、悪鬼を呼んでしまったのではないだろうか」
「私は昔の久子叔母様しか知りませんが、物静かな印象があります。言葉も少なめで……確かに、元治叔父様や華絵さんは久子叔母様を邪険にしていたようにも感じます。でも、優しい人でしたよ」