由乃は、覚悟を決めて頁を捲る。響の言った通り、手帳の内容は酷いものだった。元治は勝手に美幸に横恋慕し、勝手に拗ねて、勝手に徳佐を恨んでいた。一頁に一回は「美幸は私のものだ」と書かれていて、読んでいる由乃は気分が悪くなった。しかし、それからもっと不愉快で恐ろしい文章が書かれていた。
 なんと元治は、美幸の死後、娘の由乃を密かに自分のものにしようと画策していたようだ。山中に別宅を建て、由乃を監禁し、ふたりだけで暮らす……。それは華絵が鬼神のお嫁様になってから実行に移すと書かれており、由乃は身震いし手帳を取り落とした。

「由乃!」

 取り乱した由乃を、咄嗟に響が抱き締める。

「……響様……ああ、ああ、とても信じられません。こんな恐ろしい計画を立てるなんて。悪鬼にとり憑かれているとしか思えません」
「ああ、まともじゃない。しかし、計画は実行されなかった。俺が華絵を拒み、由乃を連れて出て行ったからな。本当に幸運だった」
「ありがとうございます。響様はいつも私を救って下さいますね」

 腕の中で可愛いことを言う由乃に、響は顔を赤くした。しかし、薄暗くなった森がそれを隠す。夕暮れでよかった、と安堵しながら、響は近くの岩に由乃を座らせ、話を続けた。

「い、いや、当然のことをしたまで。気にするな。ところで、白玉によると、遺体は死亡してから二か月以上経っているらしい。俺が由乃を連れて出て行き、計画が狂って絶望したのだろうな。ほどなくして命を絶ったのだ。つまり、大通りの暴走馬車、工場の火災、由乃の誘拐が起こった時には、元治はもうこの世にいなかったのだ」