「案ずるな、そろそろ響様たちが帰ってこようぞ……お、噂をすれば、じゃ!」

 蜜豆が玄関から出てくる響と白玉に鼻先を向けた。ふたりは難しい顔をしている。嫌悪感と苛立たしさがにじみ出た、そんな表情だ。

「お帰りなさいませ。どうでしたか?」

 由乃が問うと、響は告げるのを躊躇うかのように口籠る。しかしその後、意を決したように言った。

「結論から言うと、蜷川元治は中で首を括っていた。状況から見て自殺で間違いないだろう」
「じ、さつ……そうですか。やはり……でも、原因はなんでしょうか?」

 考えられるのは、華絵と響の縁談が上手くいかず、目論見が外れたこと。または、会社の倒産。そのどちらも自殺の動機としては弱いが、由乃には他に思い当たる節はなかった。

「原因か……俺と白玉で、家の中を簡単に調べてみた。すると、この手帳を見つけた」

 響は後ろ手に隠していた手帳を取り出した。それは黒の皮張りの高価そうな手帳だ。響はそれを忌まわしいもののように睨みつけ、指先で捲って見せた。

「この中には由乃の母、美幸への恋慕が書き連ねてあった」
「えっ? では、元治叔父様はお母様のことが……好きだったと?」
「そうらしい。実に自分勝手で腹立たしい内容だった! ……読むか? いや、見せたくはない。だが、お前は当事者、だから……決断は任せる」
「……では、目を通したく思います」

 迷ったが、由乃はそう答えた。これは自分にも関わりのあること。どんなに不快でも、見ておかなければならないと考えたのだ。響はやむなく手帳を由乃に渡した。