(愛している、と言ったかしら? え? 私を、愛して……いると、愛して……)
 心の中で何度も「愛している」と繰り返すと、胸の奥から熱いものが込み上げる。由乃は響を尊敬し憧れている。鬼神だから、ではない。蜷川家から救い出し、今回も華絵や佐伯の魔の手から救出してくれた、優しい人だからだ。だが今、熱を帯び潤んだ目で見つめられて、由乃の中に尊敬や憧れだけではない、ひとつの強い感情が覚醒した。
(私も……私も響様をお慕いしている。愛して……いるわ)
 だが、せっかく気付いた気持ちは、胸に留めなくてはならない。響の思いに応えることは出来ないのだ。由乃は、落ち着くために大きく深呼吸すると、筆圧強く、思いを書いた。 

『お気持ちは大変嬉しいのですが、私は本家の娘ではありません。ですからお嫁様にはなれないのです』

 すると、響は待ち構えていたように返した。

「そう言うと思ったよ。だが、俺はお前が何者でもかまわない。お前はどうだ? 立場の問題など、どうでもいい。愛しているか、愛していないか。その二択だ。本心を教えてくれ」

 究極の二択を迫る響を、由乃は真っ直ぐに見つめ返す。答えは決まっている。立場を考えなくていいのなら簡単なことなのだ。ただ、生真面目な由乃は、鬼神の転生を自分が阻んでもよいのかと頭を悩ませている。
 数秒、数分と経ち、由乃はようやく筆を走らせた。ゆっくりと、丁寧に、彼女が書いた言葉は……。

『愛しています』
(嘘は付きたくない。たとえ輔翼のしきたりに背くとも、今の自分の気持ちを隠せばきっと死ぬまで後悔する)
 書いてすぐ、由乃は俯いた。なんだか、やけに照れ臭くなったのだ。しかし直後、響にきつく抱き締められ、反射的に顔を上げてしまった。