鬼神は真っ直ぐ由乃を目指してやって来た。由乃は、自身を直視する鬼神を見つめ返す。真正面からこちらを見据える男は、人ならざる者の如く、神々しく威圧する。黒い瞳は光の加減か金色に光って見え、額のあたりには、うっすらと角のようなものもある気がした。

「なにをやっているの、愚図! 早く片付けなさい」

 華絵の金切り声が響く。全員が華絵の声に驚く中、鬼神だけは由乃から目を逸らさない。彼は、そのまま由乃へと歩み寄ってきた。

「お前は、蜷川家の使用人か?」

 低く問いかける声に、答えたのは由乃ではなく、華絵だ。

「多聞様! それは身分の低い卑しい使用人でございます! お声を掛けるほどのものでは……」
「黙れ。俺はこの娘に聞いている」

 静かに怒る鬼神の声に、周囲の誰もが口を閉じる。自発的にか、強制的にか、いずれにせよ怒る鬼神に逆らえる者などいなかった。

「どうなのだ?」
「はい。私は使用人です」
「名は?」
「由乃、蜷川由乃……でございます」

 苗字を聞いて、鬼神の眉がピクリと上がった。 
(同じ苗字なら親戚の可能性が高いが、使用人とはどういうことだ。身内を使用人として雇っているのか?)
 響は不審に思った。だが、それよりも先ほど見た幻影のほうが気になっていた。盃の割れる音に振り向くと、そこには使用人らしき娘がいた。それだけなら目を奪われたりしないが、娘の体内に「蓮の花」が見えたのだ。まだ蕾の蓮の花は、眩しい輝きを放ちながら真っ直ぐに立っていた。