「おいおい、やめてくれよ。オレは診察をしたが、それ以外、特になにもしてないぜ? 由乃さんが目覚めたのは、彼女の気力と精神力が強かったからだ」
「それはそうだが……初期治療がよかったから、という可能性もあるぞ?」
「あ、そうか! じゃあ、ひとつ貸しということにしておこう。というわけで、オレは帰るよ。今夜は何度も何度も中佐殿に帰宅を邪魔されているからね」
「……うっ、まあ、その、すまんな」

 ばつが悪そうに響が俯く。普段あまりお目にかかれない響の様子に、由乃と橘は顔を見合わせ笑った。
 そうして、橘が帰ると、由乃と響はふたりきりになった。
(あの件を言わないと……でも、まだ声が出ないし、上手く説明出来ないかも……紙に書いたら、なんとか伝えられるかしら?)
 横になったまま顔を寝台側の机に向けると、ちょうど小さい帳面と万年筆があった。

「どうした? 書くものが必要か?」

 由乃は頷く。

「伝えたいことがあるのだな。わかった」

 響は由乃の体をそっと起こし、帳面と万年筆を渡す。由乃は真剣な表情で帳面に書き連ねていった。これは輔翼の蜷川家が起こしたとんでもない不始末である。元本家の者として、正しく伝え、裁きを受けさせなくてはならない。華絵や佐伯は当然のこと、由乃も縁戚として、罰を受ける覚悟でいた。
 書き終えると、由乃は帳面を響に手渡した。

「……そうか。蜷川華絵と佐伯という男が主犯。そして、先日の火災も、大通りの暴走馬車も奴らの仕業……背後に犯罪組織がいるという可能性が高い、か」